悪辣外科医、契約妻に狂おしいほどの愛を尽くす【極上の悪い男シリーズ】
 わずかに背を屈めて、囁きかけるように言う。彼の温かい吐息が耳朶に触れた気がして、顔が熱くなった。

 ふと横を見ると、もの言いたげな艶っぽい眼差し。

「どうしてって顔してるな」

 横から私を覗き込んで、頬にかかっていた髪をそっと耳にかける。彼の指先が今度こそ耳朶に触れたまま、なかなか離れていかない。

「このままじゃ、いつまで経っても男として見てもらえないから。僕も危機を感じ始めたってことで」

 思わせぶりな台詞を投げかけながらも、その先を深く問い詰めてきたりはしない。これはやはり、余裕のなせるわざではないだろうか。

 ……とっくに男性として見ていますけど。

 そしてそれをきっと彼も気付いている。私が心を決めて一歩を踏み出すのを、待ってくれているのかもしない。



 父から彼を紹介されたのは、今から三カ月前のことだ。

 今年で五十八歳になる父は、仕事にストイックな半面、とにかく過保護だ。

 忙しい人で、幼い頃、遊んでもらった記憶はほとんどない。入学式や発表会などの学校行事には一度も来なかった。

 夏休みや冬休みには、旅行好きの母に連れられいろんな場所を巡ったが、いつも私と母の女ふたり旅で、家族旅行をした覚えがない。

 それでも不満に思わなかったのは、母の口癖があったからだろう。

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