悪辣外科医、契約妻に狂おしいほどの愛を尽くす【極上の悪い男シリーズ】
 現場を見なくとも、ふたりの声を聞いているだけで、やんごとなき密事であるとわかる。だが、それ以上に気がかりなのは、男性の声に心当たりがあるからで――。

「今して。じゃないと私、我慢できない」

「応えたいのはやまやまだけど。一応、勤務中だから――」

 見てはいけない。今すぐ立ち去った方がいい、そう本能がアラートを発している。

 けれど、心の奥底から湧き上がってくる、確かめなくてはという義務感が私を突き動かした。

 ゆっくりと通路の奥を覗き込む。そこには――。

「キスはまた今度」

 男性の胸にしがみつくように顔を埋めている髪の長い女性。そして男性の方は白衣のポケットに手を突っ込んだまま、無抵抗に、でも艶っぽい眼差しで女性を見下ろしている。

 その横顔が、間違いなく私の見知った彼で、咄嗟に身を引っ込めた。

 ……どうして?

 声をあげそうになり、口元を押さえる。

 こんなところでなにをしているの? その女性は誰? どういう関係?

 頭の中が疑問符でぎゅうぎゅうになり爆発しそうだ。

「本当にあなたって、悪い男ね」

 ヒールの音がカツンと鳴り響く。どうやら女性がこちらに来るようだ。

 まずい、見つかる――私は慌てて脇の資材庫の、開きっぱなしになっていたドアの陰に身を隠した。

 カツカツと足音が近付いてきて、女性が通り過ぎる。

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