身代わり聖女になったら、なぜか王太子に溺愛されてます!?
「何かあるんですか?」
「庭にお花を摘みに行くの。エリシアさんも来て」

 先に宿舎を走り出ていくルルカを眺めながら、マルナがため息をつく。

「あの子、片付けもしないで。エリシアさんが働き者だから、すっかり甘えてるのね」
「大丈夫です。まだ掃除しかできないから」
「だめよ、甘やかしちゃ。……そうね、明日から役割分担をきちんと決めて掃除しましょ」

 マルナはそう提案すると、エリシアから脚立を取り上げて歩き出す。にこにこ笑わないタイプだけど、マルナはとても優しい人のようだ。エリシアはなんだかうれしくて、笑顔になるとふたりを追いかけた。

 ルルカは、庭から摘んできた真っ白なクリスマスローズを、古びた陶器の花瓶にそっと挿した。宿舎の入り口に置かれたそれは、寒さでかじかんだ心をじんわり温めるような、静かな美しさを放っている。

 無機質な宿舎に華やぎを与えるクリスマスローズを眺めていると、今度は「早く朝食にしよう」とルルカがエリシアを誘った。

 ルルカはまるで、天使のような愛らしさを持つ軽やかな女の子だ。それに対し、マルナは落ち着きがあって頼れるお姉さんのよう。

 フェルナ村にも年頃の娘はいたが、男爵令嬢であるエリシアとはなかなか打ち解けてくれなかったし、父が亡くなったあとは腫れ物を扱うようにされて、友だちになろうとしてくれる人はいなかった。

 もしかしたら、マルナとルルカとは友だちのように仲良くなれるかもしれない。そんな期待を胸に、エリシアはふたりと一緒に食堂へ向かった。

 テーブルの上には、昨日のうちに焼いておいたのであろう黒パンと、干したイチジクが用意されていた。湯気の立つハーブティーを陶器のカップに注ぐと、静かな食堂にほのかな香りが広がる。

 よくかんだパンを味わいながら食べ、甘みが凝縮されたイチジクをちまちまかじりながら、ハーブティーを飲む。父が亡くなったあとは、母と一緒に食事をする時間もほとんどなくて、こんなにも温かな朝を迎えたのは久しぶりだった。ルルカはいつもこんな感じで質素だと、わざとらしく不満げな表情をして笑ったが、エリシアにはじゅうぶん贅沢なものに感じられた。
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