身代わり聖女になったら、なぜか王太子に溺愛されてます!?



 サイモンに案内された部屋は、白い石壁に囲まれた小さな個室だった。小さな木製の机に椅子、質素なベッドが置かれている。小さな窓から差し込む陽の光も柔らかく、どこかホッとひと息つける落ち着きがある。

「困りごとがあれば、遠慮なく言ってください。まずはリビア様へのごあいさつを済ませたら、すぐに患者の看病に入っていただきます。そこで、一つだけ守っていただきたいのですが、部屋を出る前、戻ってきたあとには必ず、アルナで手を洗うようにしてください」
「アルナ……ですか?」
「部屋の入り口に置いてありますから、ご自由に使ってください」

 サイモンは廊下へ出ると、腰の高さの台の上に置かれた手桶へ手のひらを向ける。その中には、ほんのり光を宿したような透き通る水がたたえられていた。

「アルナって、清めの水ですよね?」
 
 シムアの教会では聖水として使われている。エルダが祈りを捧げる前には必ず、エリシアや修道女たちの頭上へ振りまいていた。

「そうです。私は還炎熱にかかってしまいましたので、説得力はないかもしれませんが、アルナで手を洗うようになってから患者が激減したのは間違いありませんから」

 苦々しくサイモンは表情を歪めたが、確かな効果はあるという。

「わかりました。忘れないようにします」
「では、リビア様にごあいさつに行きましょう」

 早速、エリシアはアルナの入った桶に手を入れた。ほんの少し肌がヒリヒリして、ツンとした匂いがしたが、それ以外は水で手を洗うのと何も変わらないさらりとした液体だった。

 濡れた手をエプロンでぬぐい取ると、満足そうにうなずいたサイモンとともに大広間へと戻った。そして、エリシアの部屋とは正反対にある廊下を進んだ。

 長い廊下の先には大きな扉があった。その先に何があるのか、と問うのは厚かましい気持ちになるような、厳かで神聖な気配を感じ、エリシアは黙ってサイモンについていった。
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