身代わり聖女になったら、なぜか王太子に溺愛されてます!?
 エリシアは人混みを抜けようと、石畳を進んだ。大通りには、多くの屋台が立ち並び、行商人が呼び込みをかけている店から、パンやスープの香りが漂ってくる。ここ数日、ろくな食事をしておらず、不覚にもお腹がぐぅとなったが、馬車代にすべて使ってしまったエリシアに、お腹いっぱい食べるお金があるはずもなく、足早に屋台の前を通りすぎた。

 大きな屋敷の前には衛兵が立っていた。その姿を振り返り、しばらく眺めていたが、とても道を尋ねられる雰囲気ではない。

(困ったわ……。でも、聞ける人がいない)

 エリシアはぐるりと周囲を見回す。急ぎ足で行き交う人々は誰もエリシアを気にとめない。みすぼらしい格好の娘など、目に入らないのだ。

(このままじゃ、どこへ行けばいいのか……)

 焦りが募る。ガレスのことを思い出し、寒気がした。もし見つかってしまったら? 王都にいれば安全だと思っていたが、それはただの幻想かもしれない。

(……怖い)

 エリシアは思わず足を止めた。そのとき、ふっと目の前が赤く染まる。まるで、道を示すかのように、沈みかけた夕日が輝いていた。

 エリシアはまぶしい夕日に目を細めた。

「あれは……」

 夕日が、消えかけていた希望の光に見えた。黄昏色の空を背に、立派な建物がそびえている。尖った塔が一つ、二つ……いや、三つある。そのどれにも旗が悠然と揺らめいている。あれは、アシュフォード宮殿じゃないだろうか。いや、そうとしか考えられない。それほど立派で、ほかのどの輝かしい建物よりも威厳がある。

(宮殿へ向かっていけば、大聖堂に行けるかも)

 エリシアはすがる思いで、沈みゆく太陽に向かって駆け出した。
< 6 / 130 >

この作品をシェア

pagetop