身代わり聖女になったら、なぜか王太子に溺愛されてます!?
 部屋を出ていこうとして、カイゼルはほんの少し迷ったあと、椅子にかけられた上着をつかみ、エリシアの背中にかぶせた。寒い季節が過ぎて久しいが、まだまだ早朝は肌寒い。

「ビクター、ビクターはいるか」

 部屋を出るなり、カイゼルは声を張り上げた。すると、廊下の突き当たりにある執務室からビクターが飛び出してくる。やはり、いたようだ。還炎熱が発生してからというもの、資料の整理が終わらず、ビクターは執務室で寝泊まりし、自身の屋敷に帰れていない。

「殿下っ、お加減はもうよろしいのですか?」
「なに、少し眠っていただけだ。それより、部屋の警護はどうなっている? あの娘がなぜ俺の部屋にいるんだ。メイドたちはどうした」

 不機嫌に言うと、ビクターはぽかんと口を開け、あきれ顔をした。

「何が少し眠っていたですか。丸二日も眠っていたんですよ」
「丸二日だと?」
「そうですよ。エリシアさんは還炎熱ではないかと心配して、おびえるメイドたちの代わりに看病をかって出てくださったんですよっ」

 カイゼルは腕を組み、考え込む。

(夢うつつで優しくほほえみかけてくれる女がいた気はするが……まさかな)

「還炎熱ではない。あまり大げさにするな」
「良くなられた今だから言えることですよ。それはもう心配したんですから。エリシアさんが一睡もせずにお世話してくださったから回復も早かったんですよ」
「あの娘、今は間抜けな顔で寝ている。それより、腹が減って仕方ない。何か部屋へ運ぶよう、メイドに頼んでくれ」

 ビクターはまだ何か言いたそうだったが、あきれたようにため息をついたあと、足早に階段を降りていった。
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