それは麻薬のような愛だった
そのまま雫は自身の担当している会社の資料からソフトの入力を行い、予定の時間を前にして訪問先の資料をまとめ約束の11時に間に合うようにフロアを出た。
グレーのパンツに合わせた薄手のジャケットを羽織り、束ねた髪を整え直す。軽くメイクを直して客先に出ても恥ずかしくないように見なりを整え、事務所を後にした。
電車を乗り継ぎカガヤソフト株式会社と掲げられたビルに到着すると、受付で会社名を名乗る。そのままお待ちしておりましたと会議室に案内され、担当者が来るのを待った。
そして間も無くしてノックと共に入ってきた顔ぶれに、雫は息をするのを忘れた。
「お待たせしました。担当の山中です…って、あれ?雫ちゃん?」
カガヤソフトの担当が山中なのは知っていた為、雫が驚いたのはそこではない。息を忘れる程の衝撃を受けた視線の先には、かつての恋人の姿があったからだった。
「…雫?」
それは相手も同様だったのだろう、今でも決して忘れる事のない、雫の人生初めての彼氏である颯人もまた、雫の姿を目にして固まっていた。
「……お久しぶり、です」
どちらに向けての言葉かわからない言葉を放ち、雫は自身の名刺を差し出した。
「…本日は弊社の小林が病欠で訪問が難しくなりましたので、私が代わりに参りました。…杜川と申します。突然の担当変更で申し訳ありませんが、常に財務情報はチーム内で共有しておりましたのでご安心ください」
本日はよろしくお願いしますと頭を下げると、山中が愛想のいい笑顔を向けてきた。
「そう固くならなくていいよ。事前に訪問者が変更になることは聞いてたし、一緒に食事をした仲なんだし。とりあえず座って」
「…はい」
気まずさを隠せぬまま促されて腰を下ろすと、対面に山中、その隣に颯人が座った。
「聞いても良いのか分からないけど、2人は知り合い?」
「大学時代の友人です」
そう答えたのは颯人で、雫も同意した。この場で元恋人なんて言う方が非常識だ。
山中は特に深く突っ込んでくることはせず、「そうなんだ」と言って微笑んだ。