それは麻薬のような愛だった
突如、これまでに感じた事のない、胸を突き刺す激しい痛みに襲われた。
——あり得ねえ…
雫に抱いていた感情など精々幼い頃から存在を知っている昔馴染くらいの感覚で、それ以上の感情など抱いた事などなかったはずだ。
それならばあの言いようのない喪失感は、高々名前を呼ばれた程度で込み上げてきた満足感は何だというのか。
ただの勘違いだ、そうは思うのに無性に雫の声が聞きたくて堪らなくなった。
スマホを取り出し、その名前を見つけるや否や考える間も無く伊澄は通話ボタンを押した。
——出るな。
コール音を聞きながら何度もそう思った。今声を聞いてしまえば後には戻れない。その確信があった。
いつまでも鳴り続ける無機質なコール音を聞くうちに冷静さが顔を出し、もういい加減切ろうとしたその時だった。
『——はい』
心地のいい、柔らかな甘い声が耳を撫でた。
『いっちゃん?どうしたの、突然電話なんて』
珍しいねと言う雫の声と共にその後ろから聞こえる騒音に、伊澄の眉間に無意識に皺が寄る。
「今外か」
『そうだよ。あ、五月蝿い?私の声聞こえる?』
雑音とも呼べる喧騒の中でも、雫の鈴を転がしたような声だけはハッキリと聞こえてきた。
今何処だ。誰と一緒にいる。
口になど到底しないが、頭に浮かぶのはそんな言葉ばかりだった。
『今友達とモールに来ててね、待たせてるからあんまり話せないんだ。何か用かな?』
友達、そう聞いて安心する自分に気付いた。否、気付いてしまった。
これはアウトだ。そう思った時にはもう観念するしか無かった。