それは麻薬のような愛だった
あからさまに顔を歪める伊澄に、輿水は面白いものを見たようににやりと笑った。
「相変わらず随分と人気があるようで。彼女さんも大変ですね」
「彼女じゃねえ嫁だ」
「それは失礼しました。まあ、そういうことでしたら社内便ででも送っておきますよ。私だって巻き込まれるのはゴメンなので」
「……」
言いながら輿水はデスクに置いてあった適当な封筒を取り、その中にピアスを入れた。
「今後は気をつけてくださいね。あんまり続くと奥様に逃げられますよ」
「気をつけるも何も顔も名前も知らねえのにどう対処しろってんだ」
「さあ…でも彼女達が驚くのは分かりますよ。天城さん、誰にも興味無さそうだったのに突然結婚ですから。そりゃあ奥様に嫉妬しますよね」
「迷惑だ」
「それはそれは。ご馳走様です」
微笑みを返す輿水に深いため息を吐き、伊澄はデスクへ回り腰掛けた。
総務の事務、そう言われてもなお顔すら思い浮かばない。だがもう関係の無い話だろうと忌々しい事案は早々に放棄し、顧問先企業のリーガルチェックの為に契約書を開いた。
毎度のことながら新規契約の際のそれは専門書のようだと思いつつ無心で業務を進める。とはいえ問題のある無しに関わらずフィードバックの為のレポートは必須なので気は抜けない。
しかし今日も今日とて家で待つ愛しい妻に会うために爆速で仕事を進めていると、輿水から「天城さん」と名前を呼ばれた。
「USホールディングスのコンプラ部からお電話です」
「…なんて?」
視線を上げ、感情という感情を一切消した伊澄は輿水を見る。しかし輿水はそれに物怖じする事なく、言葉を続けた。
「ハラスメント問題です。出来るだけ早くヒアリングに来て欲しいそうなんですが、お返事はどうされますか?」
「……」
輿水からの話を聞き、伊澄は酷くため息をつきたくなった。今日は雫の顔を見れないかもしれない、そんな落胆をひた隠しにしながら、伊澄は本日中に赴くとの返事を不機嫌そうに返した。