それは麻薬のような愛だった
ハラスメント問題は精神が削れる。非常にセンシティブで難しい事は勿論だが、今回のように嫌がらせ行為を訴えてくるのが女だった場合はそれが倍増する。
ほぼ間違いなく対面した途端に美麗な伊澄に頬を染め、ヒアリングとして話を聞く内に親身に話を聞いてくれているという錯覚を起こしてしまうのか何かしらの意味深な言動を向けられる。
心が弱っているということもあるのだろうが、酷い時にはボディータッチであったりプライベートの連絡先を求められる事も少なからずあり、その度に伊澄は心の底からウンザリする。
酷く不快ではあるが顧問契約先の社員を無碍にも出来ない。それでも結婚指輪を着けている今ならばと微かな期待はしたものの、あまり意味は無かった。
「天城先生…また今度、個人的にお話聞いていただけませんか?」
セクハラを訴えてきた割に随分と図太いものだ。一般的に美人だと分類されるであろう女の潤んだ瞳を見ても、伊澄の心は欠片も動かなかった。
「そうですね。今後も続くようでしたら改めてコンプラ部を通して弊社までご連絡ください」
視線を向ける事なく立ち上がり、「今日はこれで失礼します」と言葉を残して応接室を出た。
その後加害者側である人物からも話を聞き、取り次ぎの担当者との話し合いの中で軽く人事措置や慰謝料などアドバイスを送り、来社から数時間後にようやくUSホールディングスのビルを後にした。
時刻は既に定時を過ぎ、事務所に残してきた仕事を思い伊澄は人通りの多い外にも関わらずため息を吐いた。
ひとまずは戻ってレポートをまとめなければならない為、重い足を進める。移動中に可能な限りのスケジュール調整を行い、いかに効率よく仕事を済ませ家に居る時間を増やせるかを思案した。
所属事務所に戻ったのは19時を回ったところで、輿水は既に帰宅していた。
頼んでいた仕事と共に不在の間にきた連絡メモがデスクに置かれており、伊澄は帰社途中にコンビニで買ったコーヒーを口にしながらそれを眺めた。
「……」
無言のまま、伊澄は雫の顔を思い浮かべる。
昨日の今日だ。不安にしていないだろうか。極力早く帰ってやりたかったが残念ながらこの様子では今からの帰宅は難しい。
せめて声だけでも聞こうとプライベートのスマホを持って立ち上がり、所属する法務部を出て休憩スペースへ立ち入った。
「あ!天城さん」
しかし途端に邪魔が入り、伊澄の眉はこれでもかと中央に寄った。