それは麻薬のような愛だった
「お会いできて良かった!探してたんです」
この女は誰だったか。その疑問はすぐに耳につけられている見覚えしかないピアスを見て判明した。
一瞬視線だけ寄越した伊澄だったが、すぐに手元のスマホに向き直り目も合わせないまま「なんですか」と素っ気なく返した。
「ピアスを見つけてくれたお礼が言いたくて!昨日から失くしてて困ってたんです。…何処にありました?」
そう言って笑った女の声は弾んでいて、背筋にゾッとしたものが走る。そして同時に、忘れかけていた怒りが伊澄の腹の中で沸々と湧き上がってきていた。
伊澄が睨むように目を向けると女は笑い返す。何か期待に満ちたそれに伊澄はスッと目を細め、絶対零度の視線を送った。
「俺じゃない」
「は?」
「さっきから何のことを言っているのかさっぱり分からん」
「……」
「話はそれだけか。なら定時はとっくに過ぎてるんだからさっさと帰れ」
呆けたまま動こうとしない女に伊澄の怒りは沸点を超える。こんな強かな女にしてやられたのかと思うと、あまりの苛立ちにおかしくなりそうだった。
「…あと、これはあくまで独り言だが」
伊澄の地を這うような冷たい声に女はビクリと体を震わせる。
「何事も度が過ぎれば犯罪だ。特に相手が心身共に普通でない状態…例えば妊婦だったりした場合、何が影響して最悪のケースに至るか分からない」
「……」
「その場合、果たして慰謝料だけで済むか。…少なくとも俺は無理だな。何か疑われようが当然俺には身に覚えは無いし、寧ろ名誉毀損で訴える。ありとあらゆる理由をこじつけて二度と日の目を拝めないよう叩き潰す」
徐々に顔色を青くする女に情の欠片もない表情を向けたまま、伊澄は続けた。
「自分が一体誰を相手にしているか…よく考える事だな」
伊澄の言葉に短い悲鳴を上げ、女は何も言わずにその場を去っていった。
伊澄はそんな姿を見送る事なくすぐに視線を手元に戻し、当初の予定であった雫へ電話をかけるために通話ボタンを押した。
数コールの後、自身の名を呼ぶ鈴を転がしたような声が、伊澄の耳を優しく撫でた。
「雫、もう家には帰ったか?」
先程の重低音が嘘のように甘く柔らかな声を発する伊澄は、雫からの『帰ってるよ』という言葉にこれでもかと表情を綻ばせる。