それは麻薬のような愛だった


良い名前だ。そう伊澄が声を漏らした時に彼の懐の電話が鳴った。当然マナーモードだが、個室の為通話をするのには特に遠慮は必要無かった。

伊澄は穏やかだった表情をスンとした無表情に変え、黙ってスマホ画面を一度雫に見せてから通話ボタンを押した。


「なんだよ。…うっせ!電話口で叫ぶなや!」


時折洩れ聞こえる声からも分かる伊澄の母の声。そんな溌剌とした声に雫がくすりと笑うと、伊澄も困ったように笑いながら雫の頭を撫でた。


「仕事抜け出して新生児室前にいるらしい。雫のおばさんもいるみたいだから行ってくるわ」

「うん。お母さん達によろしくね」


手を振って見送り、伊澄が病室から出るのを見届け少しすると、ようやくうつらうつらと眠気がやってきた。

今日は母体を休める為に紬は新生児室で預かってくれるらしい。少し回復したら、顔だけでも見に行こうと夢見心地で思う。


明日が終わればまた伊澄と少し離れ離れになる。最初は不安だったけれど、連絡もマメにくれるし、こうして忙しい中でも大事な時間に向き合ってくれる。

そこには確かに、雫への深い愛が存在していた。


今はもう、伊澄に対して疑いは無い。寧ろそれより、あまりに小さな娘を前にして強くならねばと思い直すほどだった。

いつだったか美波が言っていた互いを尊重しあえる仲に、自分達は少しずつ近づいている。

これからも変わらず伊澄を愛していこう。自分の為に。そして何より——愛しい娘の為に。


そんな決意を抱きながら、雫はゆっくりと瞳を閉じた。



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