それは麻薬のような愛だった
「分かった。いっちゃんと一緒に行く」
迷いなく返事した雫に明らかに安心した伊澄だったが、「本当にいいのか」と心配の言葉をかけた。
「うん。そりゃあ、不安はゼロではないけど、家族を優先する為に退職したんだもん。ついていくに決まってるよ」
妊娠中、問題が起こる度に雫は痛感していた。今の仕事では子育ての両立が難しい事を。
閑散期ならともかく繁忙期に定時退社は難しく、互いの実家も遠いとなればサポートも望めない。何より、忙しい伊澄に負担を強いてまで続けるべきでは無いような気がした。
幸いチームで仕事をしていた為引き継ぎはそれほど手間はかからず、美波からどういう事かと詰め寄られたくらいで大きな問題はなかった。ただ伊澄は自分のせいで退職する羽目になったと、少し心苦しそうにしていた。
「…悪い。何もかも俺の都合に付き合わせて」
尚も伊澄は肩を落とす。そんな伊澄の首元に、雫はそっと腕を回した。
「全部私が決めた事だよ。うちのお母さんだって、私がある程度成長するまでは一度仕事を離れてたし、私も紬にそうしてあげたいの」
「…そう、だったな」
「勤めてたところはカムバック制度もあるし、紬が大きくなったらまた仕事はするよ。こういう時のための資格だもん」
もちろん勉強は続けないとだけどね、と雫は笑う。雫の言葉に少し安心した伊澄は、首元に回る雫の腕にそっと触れた。
「…ありがとな、雫」
その言葉と同時、伊澄の顔が雫の体へと降ってきた。伊澄がこうして甘えることなど初めてで、嬉しさ半分、戸惑い半分で雫が固まっている中、伊澄は言葉を続けた。
「しばらく離れてたけど…雫の居ない毎日は、やっぱり辛かった」
「いっちゃん…」
「ついて行くって即答してくれて、今すげえ安心してる」