それは麻薬のような愛だった
「いっちゃん…」
なんと声をかけたらいいのか分からず顔色を窺うように話しかけると、伊澄はゆっくりと視線を寄越す。雫の見た伊澄は、いつもの伊澄だった。
「ごめんな、雫」
その謝罪には色々な意味が込められている気がして、雫は勢いよく首を振る。
「いっちゃんは何も悪くないじゃない。寧ろ私こそあだ名で呼んじゃって、ごめんなさい…」
「?なんでだ」
「なんでって…さっき笑われちゃったし、恥ずかしかったでしょ?」
「全然」
「…。…手を出したって言われて、私を庇う為に悪者みたいになってくれたし…」
雫がそう言うと、それにはひどく気まずそうに頭を掻きながら伊澄は声を伸ばした。
「いや…それについては半分事実みてえなもんだしな…」
「え?」
「なんでもない。忘れろ」
誤魔化すように言うと伊澄は雫を助手席に座らせ、自身も回り込んで運転席に腰掛けた。それを見てシートベルトを伸ばしていると、名前を呼ばれ腕を掴まれた。
「変な気起こすなよ、雫」
「え?」
驚きで顔を上げると伊澄の真剣な眼差しと目が合った。
「あんなの間に受けて距離おこうとか身を引こうだとか…考えるなよ、絶対」
「ど、どうしたの急に」
「……」
「し、しないよ、そんな事…するわけないじゃん…」
寧ろその逆を心配していると言ったら、怒るだろうか。
雫にとっては愛せるのも愛してもらえるのも伊澄だけだが、伊澄にとってはそうではない。それをこの短時間で痛感していた。
伊澄には自分でなくとも求めてもらえる人がいる。それだけの魅力を持っている。先程の同級生達の反応が全てを物語っている。
分かっていた事なのに不安になってしまうのは、ここ数年幸せというぬるま湯に浸かり過ぎたせいなのだろう。