それは麻薬のような愛だった
「クソの上塗りだが、当時付き合ってた奴と別れた原因なんて、考えもしなかった」
伊澄のその言葉に、一度だけ破局の理由を聞いた事があったなと思い出す。あの時は彼女側の浮気だったけれど、確かに伊澄はさして傷付いてはいないように見えた。
「その大体が相手の浮気か、向こうから別れを切り出されてた。俺の気持ちが全然分からないって言われてな」
「……」
実際、伊澄の気持ちなんてどこにも無かったと思う。結婚を決めた時に雫が特別だったからと言っていたが、当時の伊澄は欠片も気付いていなかったし、本当にそうだったのかは、今となっては分からない。
「つまり何が言いたいかっていうと、俺は相手にとってそれで切られる程度の奴だったって事だ」
「…ん?」
そこで初めて雫は声を上げた。ちょっと待って、そう言って話を続けようとする伊澄の言葉を堰き止めた。
「そんなはずないよ。だってそんな事、初めから分かってるはずじゃない。いっちゃんがクールで淡白で、好きだなんて言葉を軽々しく口にするような人じゃないって…」
雫の言葉に伊澄は苦い顔を返す。そしてそのまま何とも言えない表情に変えた。
「そうだな。まあ実際思った事が無かったから言わなかっただけだけど」
「…それは…」
「それでも、そんなクズな俺でも、好きでい続けてくれたのは雫だけだったんだよ」
「わ、私はただ諦めが悪かっただけで…」
「だからだ、雫」
伊澄の瞳が雫を射抜く。驚きで固まる雫の膝に乗せられた手に、伊澄はそっと手を乗せた。
「他の奴らは俺の外見だとかスペックだとか…まああとは家柄だな。医者の息子ってステータスに目が眩んでただけで、俺自身はしょうもない奴だって気付いたんだろうよ」
「……」
「けど雫は、そんな事も分からねえもっとガキの頃からも、どんな俺だろうがずっと好きでいてくれただろ?」
「……。…そうだよ」
物心ついた時には伊澄が好きだった。きっかけも忘れたし、単なる憧れがそう思わせていたのかもしれない。けれど確かに、気づいた時には"伊澄が好き"という感情が雫の中にあった。
雫はずっと、打算も強かさも何もない気持ちで、伊澄の事が好きだった。
あまりの辛さに自分の気持ちが見えなくなった時でさえ、心の奥底では伊澄への想いを抱いていた。他の男を拒絶するほどに。