それは麻薬のような愛だった


「天城さんって、愛妻家ですよね」


脈略もなく話しかければ、案の定はあ?と怪訝な返事が返ってきた。

かつて部下だった名残なのか、一応無視はされない程度の関係性は保っているようだと輿水は感じた。


「私、忘れてませんよ。天城さんが奥様との喧嘩の原因になったものを私に押し付けようとした事」

「…んな事もあったな」


天城が結婚して間も無い頃、唐突に派手がましいピアスを自分のものかと疑われた事は忘れない。

何せ輿水にとって、あれが天城とまともに会話をした唯一の出来事だったからだ。


「それと、少し小耳に挟みまして。新しく入った受付の子と一悶着あったみたいですね」

「……」


ジロリと睨まれるが、輿水は動じる事なく笑顔を返す。これくらいで動揺していては天城の部下などやっていられはしなかっただろう。

仕事に不要な話を持ち掛ければ必ず絶対零度の視線を返される、それが天城伊澄の通常運転なのだ。


そんな風に、この職場に長く勤める女性社員ならば天城がどれほどの美貌をもってアプローチをかけても欠片も相手にされない事は周知の事実。

故にある程度の勤務年数を重ねればさすがに諦め、あからさまにモーションをかけはしないが、それが新人となると話は別だ。


「彼女もの凄い美人だって評判なので、結構知れ渡ってますよ」

「…へー…」


誰が見ても分かる生返事。果たして話を聞いているのかすら疑うレベルだ。

天城は既に輿水にもその話にも興味を失っているらしく、目線は手元の資料を向けていた。


——相変わらず、何考えてるか分かんない人だな…


天城は知らないだろうが、美人の受付嬢が天城にアプローチをかけていると聞いた時、今度こそはもしやと話題になっていた。

噂の受付嬢は輿水と同じ中途入社組で、天城のアメリカ赴任時に入社した。

そして噂好きな同僚の話よると、その受付嬢はこれまで何度か転職をしており毎度職場の既婚男性と不倫騒動を起こしてきた手練らしい。

親が結構な有力者らしくその度に揉み消しており、そのせいか本人には全く反省の意思が見えない。

かつては有名大学のミスコンの覇者だったとか、港区女子として派手に遊んでいただとか。そんな経歴を持つ彼女の美貌は誰もが知るところであり、そんな歴戦の猛者にかかれば流石の天城も陥落するのではないかと噂されていた。

が、結果はこの通り見事な玉砕である。

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