それは麻薬のような愛だった
けれど輿水にはそうなることは予想がついていた。
何故なら以前ピアスの話を持ちかけてきた天城の様子が酷く余裕の無いものであり、その原因が全て彼の妻にあるのだと知ったからだ。
「天城さんの奥様ってどんな方なんですか?」
これは純粋な興味だ。輿水に誓って下心はない。
そもそも、誰だって気になるに決まっている。
一体どれほどの女性ならばこの鉄面皮にあれほどの動揺をさせ、難攻不落と呼ばれる鉄壁の要塞を落とすことが出来るというのか。
「…どんなって言われてもな…」
天城は資料からようやく目を離し、頭を掻きながらぼやく。
——まじか、絶対無視されると思ったのに…
奥様関係の話ならちゃんと会話するのか。輿水かそう思ったのは言うまでもない。
その時丁度エレベーターが目的の階に到着し、天城の降りる階へと到着する。そのドアが開いたタイミングで、天城は短く答えた。
「強いていうなら、麻薬みてーな女」
「は?」
意味が分からず思わず聞き返す。
いや麻薬って何、全く意味が分からない。
もっとこう他に表現の仕方があるでしょ。
顔が可愛いとか、優しいとか料理上手とか。
それをいうに事欠いて麻薬って…それ、褒め言葉じゃないよね。
そう混乱する輿水を他所に、天城は視線を寄越すことなく時計を眺めながらエレベーターを降りていく。
「…えっと、好きなんですよね?奥様のこと」
仮面夫婦?存在しないエア奥様?
まさかその指輪は女避けの為のフェイクじゃないよね?
不躾とは思いつつ、輿水はドアの向こう側に降りた背中に向かって思わず尋ねた。
するとピタリと足を止め、振り返った天城と初めてまともに目が合った。そして見えたその表情に、輿水の胸がドクンと強烈な音を立てて弾け、体中が一気に熱を帯びた。
「すげー愛してる」
その瞬間、目の前のドアが閉じた。