歪んだ月が愛しくて2
初めは族狩りから始まった。
上からの命令で弱小チームや最近結成されたチームから手当たり次第に潰していった。
最初こそは期待と興奮に胸が躍った。まだ見ぬ抗争への伏線かと目を輝かせ、寝る間も惜しんでバカみたいに喧嘩に明け暮れたが、下っ端である男達にその詳細が語られることはなかった。
ただ一言、
「黒い服と銀髪のカツラを着けて街で暴れろ」
それだけだった。
しかし一向に説明のない族狩りに飽きが来るのも早かった。
だから殴る蹴るしか能のない子供を相手にするよりも、最近では良い具合に脂の乗った親父共を相手にした方が楽しいことに気付いて若干の進路変更をした。
ただやり過ぎは良くない。命令に背いたことが上に知られたら只では済まされない。それこそ目の前に蹲るクズと同じ道を辿ることになる。
「……何考えてんだかな、あの人は」
男は心の中で不満を漏らす、―――あの人は狂ってると。
男の上役であるあの人を戦闘狂と喩える者もいるが、それだけじゃない。
何よりも“アレ”に対しての執着が異常過ぎる。
何かに取り憑かれたように実在するかも分からない亡霊を想いながら狂ったように他人の血を浴びる。異常以外の言葉が思い付かないくらい、あの人の頭ん中には“アレ”しか存在していなかった。
一度もお目に掛かったことのない存在。
男にとってそれはただの都市伝説のようだった。
噂に尾鰭が付きまくって周りが大袈裟に言ってるだけに過ぎない。
大体、伝説って何だよ。
世間では“最強の族潰し”とか言われてるようだけど、所詮はただの妄想じゃねぇか。
そんなのが本当にこの世にいるんだったら一度でいいからお目に掛かってみたいもんだ。
まあ、実在するんだったらの話だけどな。
「全くだぜ。振り回されるこっちの身にもなって欲しいもんだわ」
「本当何考えてんのか分かんねぇよな、あの人って」
「まあ、何考えてんのか分かんねぇのはあの人だけじゃねぇけどな」
「確かに。他の幹部サマもよく分かんねぇしよ」
「もっと分かんねぇのはトップサマじゃね?あの人ってマジで謎だからな」
男達は自らが所属するチームのトップに殆ど会ったことがなかった。
しかも会ったと言っても遠目から見たことがある程度。それも黒髪で長身の男、と言ったありきたりな感想しか出て来ないほど一瞬のことだった。
だから実在しているのは確かだが、その実力は未知数で「謎」と称する者が後を絶たない。
そう言った意味ではうちのトップサマも“アレ”と同等か、と男はトップについて考えるのを放棄した。
「早く終わんねぇかな」
誰かが、退屈そうに呟いた。
「……終わんじゃねぇの」
近いうちに。
退屈な鬼ごっこの終焉は近い。
そもそも最初から無茶な話だったのだ。
見たこともない相手を、本当にいるかいないかも分からない相手を捜すなんてツチノコを見つけるくらい難易度が高い。
自分達に飽きが来たのと同じように時間が経てば上も亡霊捜しを諦めてくれるだろう、と淡い期待を抱きながら男は仲間達と共に夜の街に消えて行った。