歪んだ月が愛しくて2
「ふはっ、くく……あっはははっ!!」
ギョッとした。
突然吹き出したかと思えば、紀田先生は腹を抱えながら笑い出した。
そんな紀田先生の奇行に唖然としたのは俺だけじゃない。
会長は如何にも不審者を見るような目で紀田先生を見ていた。
「文月の差し金?俺が“蝶”だから?くくっ、正解だよ、ぜーんぶ正解」
未だ笑いが収まらない紀田先生はあっさりと爆弾を落とした。
途端、会長の表情が一層険しさを増した。
「認めるのか?」
「認めるぜ。別に俺は隠してねぇからな。文月に言われてっから大っぴらにはしてねぇけど。まあ、若気の至りって言うか…黒歴史って奴だな」
しみじみと「懐かしいな」と声を漏らす紀田先生に、会長の険しい表情は変わらない。
でも冷静になって考えてみれば、紀田先生が過去をカミングアウトしたところで何かが決定的に変わるわけではない。
(紀田先生は、ね…)
変わるとしたら俺と、俺に纏わり付く2頭の“蝶”。
「で、それが何か問題でも?」
「………」
そう言って紀田先生は開き直った。
でも会長が知りたいのはそんなことじゃない。
「俺が元“B2”の人間だから立夏に構うのかって?それってよ、立夏のことを疑ってんのか?―――“蝶”が送り込んだSだと」
「、」
ビクッと、無意識に肩が跳ねる。
心臓の音が早い。
「だとしたら、今すぐ立夏から手引けや」
途端、紀田先生の声のトーンが下がる。
その表情も先程までの笑顔は一切なく至極真剣で険しいものだった。
現役さながらの凄みに一瞬反応してしまった。
「動向監視だけが目的なら手元に置く必要はねぇだろう」
過去を振り返ってる場合じゃない。
今は目の前の問題と向き合わないと。
……でも、怖い。
聞きたいのに、聞きたくない。
耳を塞いで全てをシャットアウトしたいのに、会長に拘束されていてそれは叶わない。
会長の無言が怖い。
折角仲間だと言ってくれたのに、一緒にいたいって思えたのに。
でも今更信じて欲しいなんて言えない。言えるわけがない。
だってこの状況を作り出したのは、中途半端な感情を持て余した俺なんだから。