歪んだ月が愛しくて2
立夏Side
屋上で紀田先生と別れた後、会長は俺を米俵の如く肩に担ぎながら北棟から学生棟に向かって移動していた。
「ちょっ、会長下ろしてっ!下ろせってば!」
「煩ぇ、喋ってると舌噛むぞ」
会長はいくら俺が暴れても頑なに放してくれなかった。
誰かに助けを求めようにも、誰もが我が身可愛さに見て見ぬふりを決め込んで俺と目を合わせてくれる者は誰もいなかった。正に触らぬ神に祟りなし。
不本意だが、その気持ちはよく分かる。
俺だって自分が第三者の立場なら、全身からドス黒いオーラを放出する危険人物とは絶対に関わりたくない。
でもそれはあくまで第三者ならの話だ。当事者になったからにはこの状況をどうにかしたい。いや、寧ろどうにかしてくれ。頼むから。
「だから、いい加減放せって!」
「それ以上喋るなら口塞いで強制的に黙らせるぞ」
「なっ!?」
会長がそんなこっ恥ずかしい台詞を平然と言い放つものだから、キャーと鼓膜を突き破るほどの黄色い叫び声が道中に響き渡る。
それに加えて纏わり付くような鬱陶しい好奇な視線と、陰口の嵐。
この感じ、慣れていたはずなのにすっかり忘れていた。紛れもなく彼等のせいで。
会長は俺を担いだまま学生棟に入るとすぐさまエレベーターホールに向かった。
そこでは数人の生徒がエレベーターの到着を待っていたが、会長と会長に担がれている俺を見た途端、ササッとエレベーターから離れて順番を譲ってくれたように見えた。まあ、要らぬ気遣いだけどね。順番を譲るくらいなら「どうしたんですか?」の一言くらいあってもいいのではないだろうか。
エレベーターが1階に到着しドアが開くと、会長は我が物顔で我先にと乗り込んだ。しかしエレベーターに乗ったのは会長と俺だけ。他の生徒達はエレベーターの外から頭を下げて何故か俺達を見送っていた。
何それ?何かの儀式ですか?
その行為についてエレベーターの中で頭を悩ませるも一向に答えは出ない。考えるのをやめて、エレベーター内の豪華な装飾品を憂えげな瞳で見つめていた。
チンッ、とエレベーターが止まった音に思わず肩が跳ねた。
ここは、3階?
まさか…、そう思った時には既に目的地の前にいた。
そこは「3010」と表記された俺の部屋の前だった。
すると会長は自分のズボンのポケットからカードキーを取り出して徐に差込口に挿入した。
「それ、誰の…」
俺のカードキーじゃない。
だって俺のはポケットの中に入っているはずだから。
会長は俺の問いに答えることなく室内に侵入し、リビングのソファーの上に俺の身体を下ろした。
ギシッと、俺に覆い被さる会長がソファーに沈む。
黒曜石の瞳が真っ直ぐに俺を射抜く。
「っ、ち、かい…」
咄嗟に視線を逸らすと、会長の指が俺の顎を掬い上げる。
強制的に合わせられた視線はまるで肉食獣のようで身震いした。
屋上でのことを思い出して、一気に顔に熱が集中する。
思い出したくないのに、会長の顔が至近距離にあるせいで嫌でも思い出してしまった。
「アイツなら…」
らしくない不安げな声に、耳を疑った。
「紀田なら、お前をあんな顔にさせられんのか?」
「え、」
紀田先生?
あんな顔って?
どうしよう。
全然意味が分からない。
会長の言葉の意味も、苦しそうな表情の理由も。
「お前にとって、紀田は何だ?」
そんな会長を見ていたくないと思う、自分のことも。