歪んだ月が愛しくて2



「立夏」



不安げな声も、苦しそうに眉を顰める表情も、普段の彼からは想像も出来ないものだった。



「……言いたくねぇのか?」



(ああ、この目…)



何となく見覚えがあると思ったら、あの時と同じだ。
初めて覇王親衛隊に呼び出された時、俺が白樺の処分について口を出したあの時と。
あの時もこんな風に苦しそうな顔をして俺の目を真っ直ぐに見つめていた。
まるで何かを訴えているかのような瞳に、何を求められているか分からなくて返答に困った記憶がある。
でも「目は口ほどに物を言う」と言うように、会長の瞳は確実に俺に何かを求めていた。
そして、それは今も…。



「それとも、言えねぇのか?」



彼の瞳はいつだって迷いを打ち消すかのように、真っ直ぐで眩しい。

羨ましいと、眩しいと、何度思ったことか。

散々嫌っていたくせに、いつの間にか会長の瞳から目が離せなくなっていた。



だからあの時は分からなかったことも、今なら何となく分かる気がする。

会長が求めている、答えが。



「―――後悔、してる?」



ピクッと、会長の目尻が動く。



「俺を、仲間にしたこと」



冷淡で、殺伐とした声。

それが自分のものだと気付くのに、そう時間は掛からなかった。



「……もう、いいよ」



モヤモヤした気持ちを抱えていたのは俺だけじゃない。
分かっていたのに、決定的な言葉を避けていた。
迫り来る終焉の日から目を逸らして、ずっと逃げていた。



「俺、もう独りでも大丈夫だから」



会長の、彼等の優しさに、甘えていた。

仮初の幸せがいつまでも続くはずないのに。



「今なら、まだ間に合う」

「………」



間に合う?

本当に?



視界がぼやけて、会長の顔がよく見えない。



……ああ、どうしよう。

全然間に合ってなかったみたいだ。



色々な感情が走馬灯のように脳裏に過る。
今更後悔したところでもう手遅れなのに、心のどこかで足掻いている自分に反吐が出る。

どうしようもない。
そう自分に言い聞かせて、納得して、綺麗さっぱり諦めるしかない。



大丈夫。



大丈夫だよ。



俺は、だいじょうぶ…。



「バカが」



魔法の呪文を繰り返し言い聞かせていると、不意に大きな身体に全身を包み込まれた。
細身に見える身体は意外にも筋肉質で、力強く俺の身体を抱き締めた。



その温もりが、力強さが、酷く心地良かった。

兄ちゃんとも、紀田先生とも違う心地良さがそこにはあった。



「“大丈夫”って、何がだ」



怒気を含ませた声で、会長は言った。



「説得力ねぇんだよ、そんな顔じゃ」



顔?



「そんな顔してよく“大丈夫”なんて言えたな」

「そ、んなこと…」



……違う。



「俺がお前に“大丈夫”って言ったのはそう言うことじゃねぇんだよ。ましてやお前に自分の気持ちを押し殺させるためにその言葉を言い聞かせたわけじゃない」



違うよ。

俺は、本当に、大丈夫なんだ。



会長の言葉を否定するように頭を振ると、会長は再び「分からず屋…」と唇を動かして溜息を吐いた。



「手遅れなんだよ」

「、」



会長の大きな手が顎から移動して、するりと俺の頬を撫でる。
熱くなった頬を会長の冷たい手が冷やしてくれるようで、酷く気持ち良かった。



「お前も、俺も…」



穏やかで、それでいて真剣な表情で、会長は俺を見下ろした。

気を抜けばその綺麗な黒曜石に吸い込まれそうなほど、真っ直ぐと。



「独りになんかさせねぇよ」



そう言って会長は小さく微笑んだ。

優しくて、少し意地悪な、穏やかな声で。


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