歪んだ月が愛しくて2



「これでも、どうってことないか?」



ギュッと強い力で抱き締められながら、会長の低い声が俺の鼓膜を震わす。



「……嘘、です。撤回します」



白旗を揚げるのは早かった。

だって、もう色々と限界だった。



「それと九條院は婆さんがイギリス人のクウォーターだ。親しい間柄であれば挨拶感覚で頬にキスすることもあるだろうが、イギリスではフランスほど頻繁じゃない。お国柄、相手との距離感を大切にする傾向があるからハグやボディータッチは必要以上にしないのが一般的だ。それと奴はクウォーターではあるが海外での留学経験はない、以上」

「く、詳しいですね…」

「それは何に対しての感想だ?」

「え、それはアゲハのことと海外の習慣について…。あ、もしかして会長ってアゲハの追っ掛け?隠れストーカーって奴?だから俺のこと怒ってたの?だったら安心して。俺、アゲハに対して恋愛感情とか持ってないから。会長がアゲハのこと好きでも絶対に邪魔しな…、「あ゛?」

「ウソデス、スイマセンデシタ」



ミシミシと、俺を抱き締める2本の腕に力が入る。
骨が軋むほどの力強さに直様会長の背中をタップして降伏した。
やっぱりゴリラだ。細マッチョのゴリラとか最早詐欺だろう。
今だって俺がふざけたらすぐにアナコンダバイス決められるようにこの体勢をキープしているに違いない。恐ろしいゴリラめ。霊長類最強と言われるだけはある。



「お前も懲りねぇな」

「へ?何が…」

「また余計なこと考えてんだろう。そんなに酷くされたいのか?」

「なっ、何が!?てか会長が言うと何か卑猥に聞こえるんだけど!?」

「願望か?」

「違うよ!?」



遠回しのサディスト発言に身震いして、いい加減会長の拘束から逃れようと抵抗を見せた。
それでも会長の身体はびくともしない。



「無駄な抵抗だな」

「だったら自発的にこの腕解いてくれませんかね〜?」

「諦めろ」

「諦めるわけ…、」



諦めるわけない。

いいからとっとと離せ、このバカ力。



そう言ってやろうとした時、会長はまたしても俺の耳元で「諦めろ」と言った。



「無駄な悪足掻きも、下手な言い訳も、もう散々聞き飽きた。いい加減諦めろ」



会長の声色からおふざけな雰囲気が一気に消え去った。
顔は見えないから確かじゃないけど、多分この声のトーンはマジなやつだ。
そんな会長の雰囲気に俺は何も言えなくなって、会長の胸に顔を埋めて目を瞑りながらその言葉を大人しく受け入れることしか出来なかった。



「お前はすぐ他人の言葉に影響されて、ぐらついて、1人で勝手に変な方向に考えてるみたいだが、金輪際余計なことは一切考えんな」

「………」

「少なくとも俺達のことに関しては他人の言葉を間に受けんな。お前が信じていいのは俺だけだ」



ああ、心臓が痛い。

会長が喋る度に心臓がバクバクして煩いのに、会長の腕の中は酷く心地良くて。

そんなアンバランスな感情が俺の心臓を蝕んでいた。



「お前は、俺のことだけ考えてろ」



(………変だ、俺)



ダメだ。

顔、上げたくない。

きっと変な顔してる。



でも会長はそんな俺の気持ちなんてお構い無しにクイッと俺の顎を持ち上げて、そっと目尻にキスを落とした。それも何度も何度も。



「ちょ、何…っ」



この変な空気に耐え切れず、両手で会長の胸を押して距離を取ろうと試みる。





―――が。











「それと、次紀田から煙草貰ったらこの程度じゃ済まさねぇからな」

「えっ!?」





その一言で、一気に現実へと引き戻された。


< 202 / 651 >

この作品をシェア

pagetop