歪んだ月が愛しくて2

Lucky Dog




その日の深夜、俺は人知れず学生棟を後にした。
こう言う時にルームメイトがいなくて良かったと改めて実感する。
ルームメイトがいたら余計な詮索されそうだし、色々と面倒臭いに決まっている。
ああ、1人って本当気楽だ。





『立夏』





「、」



不意に会長の声が脳裏に過り、無意識に赤面する。



余計なことを思い出してしまった。
言いたいことだけ言って好き勝手してくれちゃって、本当に自分勝手な人だ。
大体何で一々キスするかな。
いくらそう言うことに慣れてるからって同性相手にするのはやめてもらいたい。
こっちは会長と違ってそう言うのに慣れてないから色々と考えちゃうんだ………いや、考えるって何を?
ああ、クソ、会長のせいで考えが纏まらない。本当マジで意味分かんねぇよ、あの人。



「煙草のこともバレたし、最悪…」



まさか煙草のことを調べるためだけにキスしたとか?
もしそうならやることがマジ謎。理解に苦しむ。てか、理解したくないわ。



……でも、誤解は解けたと思う。



会長は俺を疑っていなかった。
それが聞けただけで十分だった。



ただ…、





『お前は、俺のことだけ考えてろ』





あんなこと言われて意識しない奴なんているのだろうか。
少なくとも俺はなかったことにして今まで通り接することは出来ないだろう。赤面しない自信がない。
今だってちょっと思い出しただけで顔が熱くて堪らない。



(ああ、心臓が痛い…)



そんな俺を、闇夜に映える月が冷たく見下ろしていた。



学生棟から徒歩で30分。
漸く裏門に到着した俺を待っていたのは文月さんの秘書の哀さんだった。



「お待ちしておりました、立夏様」

「こんばんわ」



ここに来た理由は一つ。
紀田先生から送られて来たメールに書いてあった文月さんの伝言とやらを見たからだ。



『東都の状況をその目で確かめたいなら協力してやる』



そんな誘い文句に俺は躊躇なく飛び付いた。
そして誰にも気付かれずに学園を抜け出すためでもある。
誰にも気付かれずにと言うのは少し語弊があるが、正確に言えば文月さんと哀さんと紀田先生以外に知られることなく外に出たかったのだ。
覇王…と言うより会長に知られるのは色々と不味い気がする。煙草のこともバレた後だし、抜け出すなんて言ったら理由を追及されかねない。



「哀さんが来てくれたんですよね」

「はい。主人が動くと何かと目立ちますので代わりに私が」

「寧ろ哀さんで良かったです。面倒なことお願いしてすいません」

「とんでもございません。立夏様のご要望でしたら喜んでこの身を捧げます」



そう言って哀さんは穏やかな笑みを見せた。
哀さん自身を捧げられても少々困るが、そんな甘さを含んだ顔をされたら「いらない」とは口が裂けても言えなかった。



「それにしても…、その格好で行かれるおつもりですか?」

「……うん」



哀さんが言いたいことは分かってる。
それは俺がオタク眼鏡を外して、あろうことか白夜叉を思わせるような全身黒一色にフードを深く被っているからだ。



「どうしてまたそのような格好で…。主人が心配されますよ」

「心配?」

「あの方は誰よりも立夏様のことを気に掛けていますから」

「………」


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