歪んだ月が愛しくて2



頼稀は学園から遠く離れた東都の中心部まで単車を走らせた。
辺りは煌びやかなネオン街に入り平日の深夜だと言うのに人通りが多い。
そんな入り組んだ場所を頼稀は慣れた様子で単車を走らせる。
それから暫く走った後、キッと軽いブレーキ音を立てて頼稀が振り返った。



「着いたぞ」

「ここは…」

「言っただろう、お前に会わせたい人がいるって」



頼稀は俺を乗せたまま器用にスタンドを下ろすとリアシートに跨る俺の身体を抱き上げて地面に下ろした。
何故子供扱いされているのかは謎だが流石にこれは恥ずかし過ぎるので文句の一つでも言ってやろうとしたが。



「お、ま…っ」

「説明は後だ。入るぞ」



そう言って頼稀は俺の話も聞かず古びた3階建てのビルに向かって足を進めた。
年期が入ってるのか本来レンガ色の外観は黒ずみ所々に蔦が張り巡らされていた。
1階は店舗が入っているようでその出入口の扉の上には「Lucky Dog」と趣味の良い字体で綴られた看板が取り付けられていた。
店名だけでは何の店なのか判然としないが繁華街のど真ん中に店舗を構えていることを踏まえたら大体の予想は付いていた。



「初めて…」

「何が?」

金牛(きんぎゅう)に来たのが。隣街なのに来る機会なかったから」

「ああ、お前ヒッキーだもんな」

「うっせ」



東都金牛区。
ここは俺の地元である白羊区のすぐ隣に位置し、白羊・双児と並ぶ東都の三大副都心の一つで多くの路線が乗り入れるターミナル駅を中心に商業施設、文化施設、飲食店などが集積する賑やかな街である。
また東日本三大勢力の一つ“Bloody Butterfly”の拠点地としても知られている。



ギィッと音を立てる錆付いた扉は意外にも片手で簡単に開いた。
頼稀に続いて店内に足を踏み入れると。



「―――へぇ、随分と上玉じゃないか」



鼓膜に響くテノール。
声の主は酒瓶やらアンティークのティーカップやらが所狭しと並べられたカウンターの中から俺達を出迎えた。
どうやら俺達がここに来るのを事前に分かっていたようで声の主はピクリとも表情を変えなかった。



「お久しぶりです、洸さん」



頼稀の知り合い?



「よお、元気にしてたか?」

「はい。他の連中も変わりありませんよ」



男はカウンター内にいるため上半身しか見えないが、白いワイシャツに黒い蝶ネクタイをしていて一見20代後半くらいに見えた。
それにしては落ち着いた雰囲気ではあるが、耳に付いている装飾品の数と色素の薄い茶髪のショートをワックスで遊ばせているところを見ると妥当な線だと思う。
服装と態度から考えて恐らくこの男がこの店の店長だろう。
男は頼稀の返答に「そいつは何よりだな」と言って満足げに微笑んだ。
恐らく頼稀が言う“他の連中”とは“B2”のこと。
つまりここは“B2”の溜り場、またはよく出入りしている場所と言うことになる。



「で、そこにいる別嬪さんが…」

「はい。今回の報酬です」

「報酬?」



え、俺のこと?



「お前な、いきなりそれはねぇだろう。話には順序ってもんがあるでしょうが」

「手間を省いたんですよ」

「面倒臭がりか」

「あのさ、話が見えないんだけど…」

「この人がお前に会わせたかった人だ」



この人が?

………何で?


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