歪んだ月が愛しくて2



抑えが効かない。



「がはっ!」



身体の奥底が熱い。



「ぎゃあ゛ぁぁああああ!!!」



ドクドクと脈打つ血管が心臓を圧迫しているようで胸が苦しい。



「や、やめろ!やめてくれっ!」



血生臭い光景に目の奥が熱くなる。



「やめっ、ぐあぁぁああああ!!!」



……ああ、まただ。



耳元であの声が聞こえる。

俺を真っ暗な地の底へと誘う甘言が耳にこびり付いて離れない。



耳を傾けてはいけない。

惑わされてはいけない。

その声に従ってしまったら俺はまた大切な何かを失ってしまう。



俺は脳裏にこびり付く卑しい声を掻き消すように無心で目の前の敵を殴り続けた。



「ヒィ!ば、化け物っ!」

「……はは、」



それなのに無心になればなるほど自分の身体じゃないみたいに言うことを聞いてくれない。
まるで誰かに身体ごと乗っ取られているみたいに制御が効かなかった。



「め、目が…っ」

「やっぱり本物だ!」



……ああ、煩い。



先程まで雑音にしか感じなかった悲鳴や呻き声が今はそれ以外の音が不快で仕方なかった。
耳障りな音のする方に手を伸ばせばその音源は狂ったような奇声を上げて「嫌だ嫌だ」と喚き散らした。
至近距離でのそれは聞くに耐えなくてコンセントを元から引っこ抜く感覚でその音源を絶った。
もう立っている者は誰もいない。雑音は聞こえない。でも俺の脳にダイレクトに響くあの声は一向に鳴り止んでくれなかった。



「立夏、お前それ…っ」



ああ、どうしよう。
頼稀の声でさえ雑音に聞こえてしまう。
俺は頼稀の声に耳を傾けることなく地面に蹲る敵に馬乗りになって顔面を殴り続けた。



……煩い。煩いんだよ。



耳鳴りが止まない。

あの声が頭の中から消えてくれない。



「たっ、すけ、」



ああ、本当に喧しい。



「立夏っ!!」



もう呻き声すら聞こえない。
その代わりにボキッとか、グチャとか、独特な音が聞こえるだけ。
いつもなら耳を塞ぎたくなるような嫌な音なのに、今はどうしてだろう。



口元が緩む。

笑いが込み上げる。



「あははっ」



視界が赤に占領される。
でも顔中に飛び散った返り血なんて気にならない。
寧ろその赤を、血を、“奴”が欲していた。



―――これで終いか?



俺の中で“奴”が吠える。
一度呼び起こされた夜叉はそう簡単には引っ込んでくれない。



―――やがて目を醒ませばまたお前に牙を剥くぞ。



「やめろ立夏!それ以上やったら…っ」



頼稀が俺の身体を後ろから羽交い絞めにして動きを止めようとするが、俺はその拘束を難なく解き頼稀の身体を突き飛ばした。



「……せぇ」



―――もう忘れたの?



……違う。



―――そうやってまたあの日を繰り返すんだ。



違う、違うよ。

忘れてなんかない。

もう絶対にあの日を繰り返させない。



あの日、大嫌いなあの色を全身に纏ったアイツを見て俺はそう誓ったんだ。


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