歪んだ月が愛しくて2
パシッと、乾いた音。
振り下ろされた頼稀の拳を、俺の右手がしっかりと受け止めた。
「……目、醒めたみてぇだな」
「悪い、手間掛けた」
そう言うと頼稀は満足げに微笑んだ。
端正な顔に飛び散った返り血が誇らしげに見える。
「バカ野郎が」
「……ごめん」
一気に身体から力が抜けた俺は頼稀の腕に掴まりながら地面に座り込んだ。
街頭のない薄暗い裏路地には言葉を失うほどの光景が広がる。
無傷な奴なんて1人もいない。地面には何十人もの“鬼”が顔面のあちこちから血を流して転がっていた。ヒュッと辛うじて呼吸をしているから死んではないようだ。
(これを、俺が…)
「安心しろ。死んじゃいねぇよ」
「……うん」
月の光しか届かない暗闇に映える、舞い散る赤。
これは、あの日と同じ光景。
『…ごめん、シロ……』
(また、繰り返した…)
失うことはなかったが、これではっきりとした。
俺にとってあの日のことは、結構なトラウマとして心の奥底に根付いていたようだ。起爆剤もいいところだ。
頼稀はポケットからスマートフォンを取り出して耳に当てる。
「……俺だ。こっちは一通り片付けた。そっちはどうだ?」
電話の相手は、恐らく汐か遊馬だろう。
こっちを片付けたら連絡するって言ってた気がする。
「……そうか。お前達も一旦姫を送ってから学園に戻って来い。……立夏?ああ、今は大丈夫だ。それよりも洸さんにきちんと礼をするんだぞ、いいな」
頼稀は最低限のことだけ伝えて電話を切った。
「……汐、何だって?」
「よく汐だって分かったな?」
「俺のことを心配するのは汐くらいだから」
遊馬が俺の心配をするとは思えない。
「お前のことを心配してたぞ」
「………」
「だから“今は大丈夫”って答えといた。間違ってねぇだろう?」
「……うん。今は大丈夫」
「ならとっととずらかるぞ。ここにもそう長居は出来ねぇからな」
頼稀が俺の腕を引っ張って立ち上がらせようとした時、遠くの方でパトカーのサイレンが聞こえて来た。
それも音が重なり合って、複数のパトカーがこちらに向かって来るのが分かる。近くの住人か通行人が通報したんだろう。