歪んだ月が愛しくて2
「ミユ、この間彼氏と別れたの。付き合う前は優しい人だと思ってたんだけど、付き合ってみると凄い束縛する人でミユが男の人と話しただけですぐ怒って暴力を振るうの。だからミユ怖くて、もう耐えられなくて…」
女は泣き真似をしながら慣れた手付きで俺の手を自身の短いスカートの中へと招く。
そんなちぐはぐな言動に内心笑みを堪えるので必死だった。
「だからお願い。今だけでいいの。ミユ、誰かに優しくされたいの。ミユのこと…抱いて?」
「………」
初めて女の顔をちゃんと見た。
性格はクソみてぇだが、顔や身体は申し分ない。
こんな女に誘われたらまず断る奴はいないだろう。
「タケルくん、お願い」
『男に二言はねぇ。今度は俺の意思で生徒会に入る』
不意にアイツの声が聞こえた気がした。
ああ、俺としたことがどうしようもねぇな。
こんなところまで来てもアイツの影がチラついて頭から離れやしねぇ。
「タケルくん…?」
(いや、離したくないのは俺の方か…)
どこにいてもアイツの存在を感じる。
それはまるで夜空に浮かぶ月のように、瞼の裏にチラついて眩しくて仕方ない。
『―――月は人の心を支配する』
昔、爺さんから聞かされたお伽話。
その話の中に出て来た少年を爺さんは時折「月」と称して語っていた。
(ああ、本当その通りだな…)
無意識に口元を緩めると、女は不思議そうに俺の顔を下から覗き込んで来た。
そんな些細な仕草にも不快感が募っていく。
女の顔がチラつく度に、俺の中のアイツが薄らいでしまうように思えて腹立たしかった。
「タケルくん?」
喋るな。
俺はそんな名前じゃない。
「どうし…「うぜぇ」
グッと、女の頭を片手で押さえ付けて距離を取る。
女にとっては突然の俺の言動に戸惑いの色を隠せないでいた。
「え、タケルくん?何で…」
「聞こえなかったか?うぜぇって言ったんだよ。てか、お前じゃ勃つもんも勃たねぇよ」
「なっ!?」
女は見る見るうちに顔を真っ赤にさせて怒り狂う。
その顔は綺麗や可愛いなどとは程遠いものだった。
「な、何でミユじゃ勃たないの!?ミユのどこが不満だって言うのよ!ミユはね、今売り出し中の人気読者モデルでもうじきテレビにだって出るんだからね!」
突然の怒声に他の客達が一斉にこちらに注目する。
「それが?」
「そ、それがって…、だからミユは他の女とは違うの!ミユを抱けるってことはタケルくんにとっても名誉なことなんだからねっ!」
「名誉、ね…」
性の捌け口なら誰でもいい。
俺も陽嗣もあんな男だらけの中でそうやって生きて来た。
今まではそれが当たり前で、こうやって息抜きと称しては外に出て女を抱いていた。
そんな退屈な日々に虚しさを覚えるようになったのはいつからだろう。
いや、本当は分かってる。
いつからとか、誰のせいとか、考えるふりをして誤魔化していただけだった。
この虚しさの正体も、その理由も。
「いくら顔や身体が良くても、性格ブスな勘違い女はお断りだ。それに…」
『俺は、ここにいたい』
脳裏に過ぎる、アイツの顔。
その声も、温もりも、あの時のままリアルに蘇って来る。
「俺が抱きたいのは、お前じゃない」