歪んだ月が愛しくて2



立夏を見たのは一瞬だった。
風魔が運転する単車はパトカーのサイレンと比例するように遠ざかって行く。
その後ろ姿を呆然と見つめていると、突然後ろから肩を掴まれた。



「おい、何先行ってんだよ!捜したぞ!」

「陽嗣、か…」



背後から現れたのは肩を上下に揺らす陽嗣だった。



「ん?どした?」

「………」



その様子からして陽嗣は立夏達の姿を見てないようだった。



「……いや、何でもない」



見てないなら話す必要はない。
無駄に混乱させるだけだ。



まあ、一番混乱してるのは俺だがな。



「ヤベ、もう来たぜ」



そうこうしているうちに数台のパトカーが停車した。
降車した数人の警察官は警棒を把持して慌しい様子で次々と裏路地に入って行く。



「どうすっかな。マッポ捌けるまでここで待つか?」

「……行くぞ」

「え、あ、おいっ!行くって、まさかの乱入かよ!」



陽嗣の言葉を無視して裏路地に入る。
その後ろから陽嗣は文句を言いながらも着いて来た。
大通りから差し込む微かな明かりが灯る裏路地は不気味な雰囲気を醸し出していた。



ピタッと、足が止まる。



「こ、れは…」



そこで目にした光景に絶句した。



辺りに充満する噎せ返るような血の臭い。

地面に蹲る血塗れの男達。

今にも息絶えそうな呻き声。



正にそこは血の海と化していた。



「何だよ、これ…」



その光景に陽嗣でさえ疑わしい声を漏らした。



「君達、下がりなさい!」

「それ以上入らないで!ここから先は立入り禁止だよ!」



続々と集まって来るパトカーと救急車。
それだけで現場の悲惨な状況を物語っているようだった。
俺等は現場に規制線を張られたためそれ以上先に進むことが出来なかった。



いや、動けなかった。



「………」



言葉に出来ないとは正にこの状況だ。
血生臭い現状を目の当たりにしたからじゃない。
ここから逃げるように去った立夏のことが頭から離れなかったからだ。


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