歪んだ月が愛しくて2
この後、仕事の話を控える文月さんと飛鳥院さんに配慮した俺は、風紀委員の話を早々に切り上げて自分の部屋に戻ることにした。
「では、私は立夏様を部屋までお送りして参ります」
「ああ、頼む」
俺の背後に立っていた哀さんが俺の横に移動する。
「立夏様、参りましょう」
「あ、その前に…」
「はい?」
俺は哀さんを待たせて飛鳥院さんに向き合う。
「あの、今日はすいませんでした。仕事で忙しいところを態々時間を割いてもらって」
「君が気にすることじゃない。悪いのは全部コイツだからな」
「俺様かよ」
「お前以外に誰がいる」
「でも風紀について知りたかったのは俺だから…」
「………」
本当なら誰にも頼るつもりはなかった。
でも自分の力で出来ることなんて高が知れていて、結局は誰かに頼らないと風紀について何の情報も得ることは出来なかった。
頼っちゃいけない。甘えちゃいけない、って思ったばっかなのにな。
それなのに彼等も、頼稀も、俺に対して真逆なことを言う。
(本当、優し過ぎるよ…)
文月さんも、哀さんも、そして飛鳥院さんも…。
「ありがとうございました」
本当は優しくされる資格なんてないのにさ。
俺が感謝の言葉と共にソファーに座ったまま頭を下げると、飛鳥院さんは何やら考えてからフッと口元を緩めた。
「……良い子だな」
「え?」
「文月の血縁者とは思えんな」
「まあ…、血は繋がってませんからね」
そう言うと飛鳥院さんは少し驚いた様子を見せた。
そんな飛鳥院さんを他所に、文月さんは俺の隣で暢気に煙草を吹かしていた。
「あれ、聞いてませんでしたか?」
数少ない友達なのに。
「……文月」
「あ?言ってなかったか?」
「聞いてないぞ」
「そりゃ悪かったな」
しれっとした様子の文月さんに飛鳥院さんは何やら言いたげな視線を送るが、当の本人は全く気にする素振りを見せない。
これは分かってて無視してるな。本当、良い性格してるよ。
「……すまない。軽率なことを言った」
「謝らないで下さい。俺は全然気にしてませんから」
「しかし…」
「それに血が繋がってないお陰で飛鳥院さんに良い子って言ってもらえたんですから、寧ろラッキーですよ」
「………」
あれ、俺また変なこと言った?
「あ、の…」
急に黙り込んだまま俺の顔を凝視する飛鳥院さんに内心ハラハラしていた。
言葉遣いに問題があったのか、それとも文月さんと血の繋がりがないと分かって「じゃあ誰だお前」みたいな心境なのか。前者ならごめんなさい。お堅そうな飛鳥院さんには許し難いことかもしれないけど、子供の戯言だと思って許して下さい。でも後者なら俺には何も出来ないよ。説明責任は文月さんにあるのでどうぞ文月さんを煮るなり焼くなり好きにして下さい。俺は関係ないので。
暫しの沈黙の後、ポンッと大きな手が俺の頭に乗った。
「……君は、本当に良い子だな」
「へ?」
(……あれ?)
変な気分だった。
初対面の人間に触れられてるのに、何も感じない。嫌な感じがしない。
いつもなら気付かれない程度に警戒するのに、何でこんなにも無防備でいられるんだろう。
文月さんの友達だから?
んー…分からん。