歪んだ月が愛しくて2



「……そんな顔しないで。本当に大丈夫だから」



文月さんと哀さんをその場に残して中央棟の廊下を歩く。
これ以上俺のことで2人に迷惑を掛けたくない。心配なんてしないで欲しい。されたくもない。



もう失いたくないんだ。

例えそれが過去の幻想だとしても。



「リツ」



くいっと、文月さんが後ろから俺の腕を掴む。



「お前が“鬼”を恨む気持ちはよく分かる」



……は?



分かる?



「何が?」



分かるはずない。



だって…、





『…ごめん、シロ……』





分かるはず、ないんだよっ。



「大切な奴を傷付けられて平気な人間はいねぇよ。もし平気な奴がいたら、そいつはただのクズだ」

「………」

「恨むなとは言わねぇ。そんなこと言ったところで無理なもんは無理だからな」

「……だったら好きにさせてよ。俺は、俺のやりたいようにやる」

「それが復讐か?」

「それ以外に何が…「嘘だな」



文月さんは力強い口調で俺の言葉を遮った。



「お前の目的は復讐じゃない」

「は?」



復讐じゃない?



「止めたいんだろう、“百鬼夜行”を」



……は?



「守りたいんだろう。もう誰も傷付いて欲しくねぇから」

「何、言って…」

「お前に復讐なんて大それたもんは出来ねぇよ」

「………」



ムキになって文月さんを睨み付ける。

掴まれた手はそのままにして。



「出来る出来ないの問題じゃない。俺は、ただ…」





『…ごめん、シロ……』





「奴等が許せないだけだ」

「………」



公平を利用して、傷付けて。

俺から大切なものを奪った奴等が。



醜い感情に蓋をする。

溢れ出そうなものを、奥へ奥へと押し込む。



これは誰にも気付かれてはいけない。



「お前が望むなら…、」



一瞬、文月さんが言葉を飲み込んだ。
でも少しの沈黙の後に文月さんは俺を諭すかのように言い聞かせた。



「お前が復讐なんてバカなこと考えねぇで前だけ向いて歩くって言うなら…、そのためなら風紀の情報だって“鬼”の情報だって何だってくれてやる。だから…」



不意に文月さんは俺の手を引いて身体ごと引き寄せた。

そして俺の耳元に唇を寄せてこう囁いた。



「俺様を頼れよ」

「っ、」



慣れない男の声色と、久しぶりの距離感に思わず肩が跳ねる。



「覇王でも“B2”でもなく、アイツ等でもないこの俺様を頼ってくれるなら、俺様は何だって…」



至近距離で俺を見つめる、文月さん。

その視線はやけに妖艶で、でも真っ直ぐに俺を見つめていた。



「何で、文月さんがそんなこと…」

「……俺様は鏡ノ院だが、奴等とは違う」

「、」





『全部貴様が悪いんだ!貴様が代わりに死ねば良かったんだ!』





「お前は間違いなく姉さんの子供だ。例え血は繋がっていなくても、お前は俺様の…」



(……俺は、一体何を期待してるんだろう)



文月さんは俺のことを嫌っているのに。

俺だって文月さんのことが嫌いなはずなのに。



「……アンタの、何?」





『ふーくん!』





それなのに、その続きを聞きたい自分がいた。

期待したいと、信じたいと、この腕の中にいつまでもいたいと一瞬でも思ってしまった。





「―――憎たらしい、可愛い甥っ子だよ」
  




例えそれが残酷な真実から目を背けることだとしても。


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