歪んだ月が愛しくて2
『それでは只今より第26回聖楓学園高等部の体育祭を開催致します。まず始めに…』
マイク越しの葵の声に耳を傾けながら曇天の空を見上げる。
聖学の体育祭は無駄に広い高等部のグラウンドで行われる。
お陰で屋根や日陰は一切なく、唯一あるのは体育祭実行委員専用のテントのみ。晴天の日には日焼けや熱中症は免れないだろう。
頼むから晴れないでくれ。
炎天下の中やりたくないからな、しかも学ランで。
テンション下がりまくりの俺の隣で、未空は子供のようにはしゃいでいた。
「楽しみだね、体育祭!」
「………うん」
この状況で言われても脅迫としか思えない。
いくら俺でも何日も前から体育祭を楽しみにしていた未空に「もう帰りたい」なんて言えるものか。
「よっしゃ!紀田ちゃんのボーナスのために一丁やってやるか!」
「んじゃ、打倒S組ってことで」
「一緒に頑張ろうな、立夏くん!」
「精々立夏くんの足を引っ張らないようにね」
「やるからには絶対に勝とうね!」
「……だな」
この笑顔は卑怯だ。
憂鬱な気分なんてどっかに行ってしまったじゃないか。
「あ、でもリカは病み上がりなんだから無茶しないでね」
「ははっ、大袈裟だなたかが風邪ぐらいで」
「大袈裟じゃないよ。すっごく心配したんだよ。リカが休んでた時、リカに会いたくて会いたくて気が狂いそうだったんだからね。連絡しても全然返信してくれないしさ」
「だからごめんってば。次からは気を付けるよ」
「約束だよ。今度連絡無視したらマスターキー使って部屋に乗り込んでやるから」
「あいあい」
「可愛いけどアイじゃなくてハイだからね!はいもう一度!」
「はーい」
曇らせたくないな、この笑顔だけは。
守りたい。
『…ごめん、シロ……』
もう二度と、あんな顔は見たくな…―――、
「、」
バッと、後ろを振り返る。
そこにはワイワイとはしゃぐ生徒がいるだけで他には何もなかった。
「どうしたの?」
「何かあったのか?」
「……いや」
……気のせいか。
「リカ?」
不安げな声で俺を呼ぶ、未空。
「大丈夫?何かあったの?」
「……ううん、何でもない。気のせいだったみたい」
気にしないでと首を左右に振れば、未空の空色の瞳がゆらりと揺れた。
不安げに。疑わしげに。
「ねぇ、リ…」
『それでは第一競技に移ります。競技に参加される方は入場ゲートにお集まり下さい』
「ごめん、アゲハに呼ばれてるから行って来るね」
「……うん、行ってらっしゃい。応援頑張って」
「うん」
未空の途切れた言葉に気付かないふりをして、皆に手を振ってこの場を離れる。
見送りの言葉を聞きながら、誰にも気付かれぬように唇を噛んだ。
(曇らせるものか)
絶対に、あの笑顔だけは。
何が何でも守ってみせる。