歪んだ月が愛しくて2
「他人に合わせて自分を偽る必要はないんじゃねぇか」
「、」
その言葉に思わず息が詰まる。
「偶には弱音吐いたって、我儘言ったっていい。泣きたい時には泣けばいいんだ。幻滅なんかしねぇよ」
会長の手が俺の頬に触れる。
温かくて優しい仕草に、思わず涙腺が緩んだ。
……ダメだ。
絶えろ。絶えろっ。
そうじゃないと、俺はまた…―――。
だから、会長はダメなんだ。
そう言う気持ちにさせる人だから。
あの時も…。
『お前が誰であろうと、喧嘩が強かろうと関係ない』
『それがお前なんだろう』
あの時、泣いてしまいたかった。
心を預けてしまいたかった。
弱過ぎる自分の本質をぶちまけてしまいたかった。
会長なら許してくれるんじゃないかって、こんな俺の汚い部分を受け止めてくれるんじゃないかって、本気で思ってしまったから。
あんまりだ。
そんなの、可哀想だ。
優しい人は俺みたいな奴に縋られて、求められて、寄生されて、最後には潰れてしまう。
だから、もう巻き込みたくない。
大切な人だから、失いたくない人だから。
そんな俺の偏屈な考えを理解して欲しいとは思わない。
寧ろ嫌われるくらいが丁度いいのかもしれない。
彼等と一緒にいるためにはある程度の距離感は必要だと思うから。
だから独りで生きていく決意をした。
友達なんかいらない。
もう仲間なんか作らないって、固く心に誓ったはずなのに。
絶対に泣くもんかって決めたはずなのに。
ポンッと、俺の頭に大きな手が置かれた。
「立夏」
泣きそうなくらい優しい声と、触れた掌の温もりを、そっと噛み締めた。
「、」
………ごめん。
本当に、ごめんなさい。
「きょ、だいじゃないって、言われて…」
ああ、何で自分はこんなにも無力で弱いんだろう。
もう独りで立ち上がることも出来ない。
この温もりを、知ってしまったら…。
「会長は知ってると思うけど、俺は藤岡家の養子だから家族とは血が繋がってなくて、俺だけがあの家で仲間外れで…。でも本当の兄弟じゃないけど、ずっと…ずっと本当の兄弟だと思って一緒にいたのに…っ」
必死に堪えていたものが、頬に一筋伝い落ちる。
それをきっかけに溢れ出て来たものが止まらない。
感情と共に溢れ出たものは容易には止まってくれなかった。
「それなのにいきなり俺だけが赤の他人だって言われて、凄く悲しくて…寂しくて…!」
……ああ、俺、泣いてるんだ。
もう何がなんだか分からない。
色んな感情がごちゃ混ぜになって、自分がどうしたいのかも分からない。
「あの人達には“化け物”とか“死神”とか言われて、カナにまで拒絶されて、俺はどこに行けばいいんだよ!?」
だから俺は兄ちゃんに縋った。
こんな俺なんかを「大切な兄弟」と言って、あの人達から守ってくれた兄ちゃんが昔から大好きだった。
例えそれが慰めや偽善でも、あの時の俺にはそれしか縋るものがなかったから。
「……教えて」
誰でもいいから、教えてよ。
家族じゃなくて、兄弟でもなかったら、俺は何なの?
「教えてよ…っ」
“藤岡立夏”じゃない俺は、一体誰?