歪んだ月が愛しくて2



迷子の子供を安心させるように、会長は正面から俺を優しく抱き締めてくれた。
久しぶりの温もりに、益々涙が溢れて来る。





「血縁関係に何の意味がある」





会長の手が俺の頭を優しく撫でる。
肩口に押し付けられた顔を上げると、会長は涙で濡れた俺の目元を指で拭った。





「い、み…?」

「お前が兄弟だと思うなら…、兄弟でいたいと思うならそれでいいんじゃねぇのか?」

「俺が、兄弟でいたいなら…」





会長は俺から視線を逸らさない。

でもその表情はいつもの仏頂面と違って柔らかかった。





「お前は、どうしたい?」





どうしたい、なんて初めて言われた。

いつの間にか考えることを放棄させられた俺には決定権なんてなかった。





それなのに会長は俺に答えを求める。





「お前が決めろ。生徒会にいると決めた時のように」

「むり、だよ。だって俺には…、」





そんな資格ない。





「逃げるな。これはお前が自分で決めなきゃ意味ねぇんだ」

「で、も…」





俺だって、本当は言いたい。

血が繋がってなくても関係ない。俺達は兄弟だって。



でも兄ちゃんとカナから父さん達を奪った罪は決して消えない。

俺の無知な一言が父さん達の命を奪った。



だから、俺には…。





「いいのかよ、言われっ放しで。お前らしくねぇな」





俺らしく、ない…?





「散々言われっ放しで黙ってるつもりか?今更良い子ぶんじゃねぇよ」

「良い子ぶってなんか…」

「そうか?俺の知ってる藤岡立夏はそんなお淑やかな奴じゃなかったぞ」





途端、会長はニヤリと挑発的な笑みを浮かべた。





「アンタ、俺の何を…」

「案ずるより生むが易し」










………ん?





え、それは…。





「……まさか、意味が分かんねぇって言うんじゃねぇだろうな」

「いや、その…」





はぁ…と、会長は態とらしく大きな溜息を吐く。





「つまり、ない頭で考えるよりまずは行動しろってことだ」

「ない頭って…」





一言余計だと思う。
いつもならそう反発してやるところが、不思議と怒る気にはならなかった。
いつの間にか、頬に伝う涙も引っ込んでいた。





「ぐだぐだと考えるな。悲しいとか寂しいって嘆くくらいなら、溜まったもん全部ぶちまけちまえ。悲観するのはそれからでも遅くねぇだろう」





全ての迷いを相殺するような鋭い黒曜石。
その瞳に射抜かれて、不思議と何かが込み上げて来た。





「俺の知ってる藤岡立夏は、そう言う奴だ」

「………」





本当はちゃんと向き合いたい。

カナにも、兄ちゃんにも。



でもまた兄弟じゃないって言われたら…。



そんなネガティブな思考が、俺に「恐怖」と言う名の足枷を嵌めさせた。


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