歪んだ月が愛しくて2
『続いて第4走者をご紹介します。1年の部、S組……A組……B組……C組藤岡立夏くん、D組…』
はぁ…、とうとう呼ばれたか。
一生出番なんて来なければいいと思ってたけど、仕方ない。
「腹括るしかないか」
スタート位置に向かう。
あれから鼠の気配を感じない。
帰ったとか?
……いや、そんなはずはない。
恐らく攻め入る機会を窺って息を潜めているに違いない。
そもそも鼠の狙いは本当に俺なのか?
んー…狙われる心当たりがあり過ぎて正直判然としない部分が多々あるから鼠の正体に関しては断定出来ない。
ただあの時感じた視線。
あれは間違いなく俺を敵視するものだった。
だとしたら、やっぱり狙いは俺か。
まあ、無差別に手出されるよりはマシか…。
でも奴等はどうやって仕掛けて来るつもりだ?
仮にもここは王が君臨する箱庭。いや、悪の巣窟と言っても過言ではない。
銀行並みの警備の目がある中、奴等が自由に動き回れるとは思えない。内部に協力者でもいない限り。
そんな場所で奴等は何を仕掛けて来るつもりなのか。
……分からない。
でもここには“B2”がいる。
彼等がいればこの手が届かないところまで守ってくれるはずだ。
「駒鳥!」
遠くの方で俺を呼ぶ声がする。
俺をそんな風に呼ぶ奴なんてこの世で1人しかいない。
だから自ずと視線を向ける先は決まっていた。
グラウンドの中央を陣取る集団の中で一際目立つあの男を静かに見据えた。
純白の団服とキラキラと光るブロンドが、サラッと風に揺れる。
「気負う必要はない。存分に楽しみたまえ」
「ア、ゲハ…」
応援のつもりか。
それとも俺の心情に対する応えなんだろうか。
(いや、どっちもか…)
どう言うわけかアゲハには俺の心情が手に取るように分かるらしい。
俺ってそんなに分かり易いのかな。それとも前に頼稀に指摘されたように本当に考えてることが顔に出てるとか。てか、どっちにしても単純ってことじゃん。恥ずかしい。そんなこと今この場で自覚したくなかったよ。
でもアゲハは今この場でそれを言った。今だからこそ俺にそれを伝えなければいけないと思ったのかもしれない。
「心配しなくてもお前が失格になったところで大した影響はない。どうせそこにいる殆どの連中が失格になるんだ。怪我しないで帰って来い」
「立夏!頑張れよー!」
「九條院様の激励を無駄にしないように頑張って下さい!」
それらの声はアゲハの近くから飛んで来た。
後者の意図は分からないが、少なくとも頼稀はアゲハの意図を汲み取りあえてそれを強調するように俺に向かって叫んだのだろう。
気負う必要はない、か…。
アゲハの言葉を心の中で自身に言い聞かせて、ゆっくりと瞼を閉じる。
集中しよう。今だけはこっちに。
ここまでお膳立てしてくれて下手打ったら目も当てられない。
それに俺も皆みたいにC組優勝に貢献したいし、どうせやるなら負けたくない。勝ちたい。
『位置について、よーい』
パァンッと、銃声が鳴り響いたと同時に一斉に走り出した。