歪んだ月が愛しくて2
「大丈夫だ」
それなのに会長に「大丈夫」と言われただけで、何だか全部大丈夫な気がして来た。
何でなのかよく分からないけど、会長の言葉には安心作用でもあるんじゃないかと錯覚するくらい心が和らいでいくのを感じていた。
「考えるな、か…」
クスッと、自然と笑みが漏れる。
「確かに、俺バカだから口より先に手が出るんだよね」
「知ってる」
「偉そうに」
「お前こそ開き直ってんじゃねぇよ」
「でも口より先に手出していいんでしょう?」
「いいとは言ってねぇぞ」
「あれ、そうだっけ?でも会長がいいって言ってくれないと決心が揺らぐかもな」
「おい、人に責任全部擦り付けるつもりだろう?」
「ダメ?」
「………程々にしろよ」
ポンポンと、会長の大きな手が俺の頭を撫でる。
会長はそれ以上何も言わなかったが、俺の頭を撫でるその手から何となく伝わって来るものがあった。
「あの、さ…」
だから、俺もそれに応えたかった。
「俺…、カナに兄弟じゃないって言われて、どうしていいか分からなくなったんだ。自分でも笑えるくらいメンタル弱過ぎだと思うけど、あの頃の俺にはきっとそれが世界の全てだった」
「………」
「俺が聖学に来たのだって、本当はあの家にいるのが辛くなって逃げて来たんです」
兄ちゃんのためなんて、嘘だ。
もしかしたら兄ちゃんへの想いも錯覚だったのかもしれない。
でもそれを否定したらあの頃の全てを否定することになる。
あの頃の俺には確かに兄ちゃんの存在が必要不可欠だったんだ。
「言い返すなんて選択肢、なかったよ…」
俺はいつも逃げていた。
カナのことも、兄ちゃんのことも、公平のことも。
結局は自分が一番可愛くて、自分が傷付かないようにいつも殻に閉じ籠っていた。
でも、会長は気付いてたんだね。
そんな卑屈で臆病な俺に。
「なら、逃げるのはもう終わりだな」
そっと、会長の手が伸びる。
「何もしないで諦めるな。お前なら大丈夫だ」
俺の頬を包む手が温かい。
何より、この温もりに安心した。
ああ、やっぱり会長は凄い。
そのたった一言で俺の長年抱えていた不安が、ゆっくりと昇華していく。
「……うん」
まるで魔法に掛けられたように。
会長の手に、一筋の雫が落ちる。