歪んだ月が愛しくて2



「藤岡!」



気付けば息が上がっていた。
四肢が震え、早鐘のように鼓動が鳴る。
思考がぼんやりと霞みがかり、身体が熱くて頭が重い。
風邪を引いた時の症状によく似ているが、ここに来るまで咳の一つもなく、至って健康体だった自分が突然高熱を出すとは思えない。



「感謝してよね。副作用が殆どないものを選んであげたんだから」

「まさ、か…」



目を瞠って顔を上げると、月の後ろに控えていた男達が想像していたよりもずっと近くに迫っていた。
愉快そうに歪んだ顔で見下ろされ、どうにか気丈に振る舞おうとするが、膝が笑って上手くいかない。
言うことを聞かない身体に苛立ち、唇を噛み締めた。
本当に熱でもあるのか、考えの纏まらない脳は熱さに浮かされたようで急激に視野が狭くなる。
極端に思考が低下している状態でも、これが外因性のものであること、そしてその元凶が目の前のクソ野郎であることくらいは分かる。
身体が言うことを聞かない分、強気で睨み付けるが、相手は愉悦に目を細めただけ。



「僕はヤクザだよ」



その一言で分かった。

月は懐から液体の入った小瓶を取り出して俺の目の前に晒した。



「チッ」



(やってくれたな…)



でも問題なのは何を飲まされたかだ。
副作用がないと言われても容易に信じられるものではない。



「月さん、一体何を…っ。副作用って何のことですか!?」

「ああ、君にはちゃんと説明していなかったね。実はね、君が用意したそのお茶、悪いけどすり替えさせてもらったんだ」

「すり替えた?何で…」

「そりゃ商品だからね」

「商品?待って、ください…、僕にはよく…」

「まあ、見てなって」



月の言動に白樺の思考が追い付かない。
その間に月は後ろに控える男達に指示を出し、大きめなボストンバッグから撮影機材のようなものを取り出して手際良く組み立てさせた。



「カメラ?」



その光景を見て白樺が怪訝そうに首を傾げた。
でも俺にはこの後の展開が容易に想像出来た。



「それは即効性に特化しているため依存性はそれほど強くはない。効果としては力が入らなくなって多少末端が痺れる程度だ。でも何より…」



村雨の手が俺に伸びる。
避けようとしたが、反射神経まで鈍っているのか大して動けないまま村雨の手が俺の頰に届く。



「っ、」



その瞬間、背筋を走った感覚に息を飲む。
他人の熱と肌の感触、ただそれだけのものに激しく反応した。



「感覚が酷く鋭敏になる。興奮作用、催淫作用が強く、より感じ易くなる。……ほら」



村雨の指先が俺の頬を伝って顎まで撫でる。
まるで猫扱いのような仕草に不快感を抱くが、それ以上に一連の接触がむず痒くて堪らずに身を捩る。



「さ、るなっ」



すると振り払おうとした村雨の手が俺の顎を鷲掴み、グッと顔を近付けて来た。
その瞳は以前俺を襲った時のような激情さはなく、不気味なほど冷静で冷たいものだった。



「滑稽だな、藤岡立夏。……いや、親殺しの死神さん」

「、」

「あの時はお前を殺すのに失敗したが、今ここに覇王はいない。肝心な時に助けてくれないくせに仲間だの大切だのって本当笑えるよな。でもそれが人間の本質だ。結局は自分が一番可愛い生き物なんだよ人間ってのはな。まあ、死神のお前に言ったところで分からないか」

「……な、にが、言いたい?」

「死神を助けに来てくれる人間なんていないってことだよ」



村雨の手が俺の顎から外され、その勢いのまま床に身体を打ち付けられた。



「そんな身体じゃ満足にここから逃げられないだろう?でも安心しろ。お前はこれから助けを呼びたくても呼べない身体にされるんだからな」

「………」



無機質な瞳で淡々と俺への恨みを滲ませる言葉を吐く村雨を見据えながら、俺は自分の吐く息が熱くなっているのを自覚した。
飲まされた薬が何の作用を持ち、どう言う意図によって使用されるものなのか、嫌と言うほど思い知らされた。


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