歪んだ月が愛しくて2
「要は媚薬だよ」
「…は、」
「流石にこの状況で僕が何をしようとしているのか、もう分かったでしょう?」
「……この下種野郎が」
「僕はヤクザの息子だって言ったでしょう。こんなの僕にとっては日常茶飯事なんだよ。だから言ったんだよ、僕にそんな口聞いてタダで済むわけないでしょう?」
「待って…、月さん待って下さい!僕にはまだよく…、何で藤岡に媚薬なんて飲ませたんですか?それに後ろにいる人達は一体…」
「ふふっ、知りたいの?」
「、」
「そんなに知りたいなら教えてあげてもいいけど、これ聞いちゃったら白樺さんももう普通の生活は送れないかもしれないなぁ。ああ、でも白樺さんには感謝してるんだよ。君のお陰で藤岡をここに誘い込むことが出来たし、警戒されることなく媚薬入りのお茶も飲んでくれたんだからね」
「そ、そんな…っ、僕のこと騙してたんですか!?」
「言ったでしょう、これは白樺さんのためでもあるんだよ。君が泣かされた分、僕がコケにされた分、ぜーんぶ纏めて仕返ししてやろうよ」
「仕返しって…、何を、されるつもりなんですか…」
月は白樺の疑問に答えない。
ただにんまりと笑みを深めて、村雨と他の男達に向かってこう言った。
「さあ、お前達の出番だよ」
主人の許しを得た番犬共が続々と動き出す。
1人は撮影機材の前に、1人は拘束具を片手に、1人はもう一つのボストンバッグから木刀やら金属バッドやらを取り出して仲間に配り…と、お決まりの行動に出た。
「もう話は済んだんですかい?」
「まともに口聞けるのは今だけッスよ」
「こんな奴に話なんてないよ。目障りだからとっととヤっちゃってよ」
「りょーかい」
男達は俺と白樺を一ヶ所に追い詰めるように取り囲む。
斯く言う俺はまともに身体を動かすことが出来ず、白樺が俺の近くに寄って来たと言った方が正しいかもしれない。
「お前か?うちの坊ちゃんをコケにしたって言うクソガキはよ」
まるで番犬の……いや、ガキのお守りだな。
高校生にもなって親の脛を齧って、その上気に入らないことがあれば家の名前を使って黙らせる。考えることが幼稚過ぎる。
「何とか言えやクソガキ!」
ガンッと、男は近くにあったペンキ缶を蹴り飛ばした。
ペンキ缶は俺の横を通過して背後にいる白樺の近くまで吹っ飛んだ。
「ヒィィ!!」
小さく悲鳴を上げる、白樺。
生憎、そんな脅しに屈するのは素人だけだ。
でも運が悪いことに缶の中身はまだ入っていた。
しかもよりによって男が蹴り飛ばしたペンキ缶は、あの色だった。
「、」
舞い散る赤。
鼻につくシンナーのような臭い。
そして、あの日の光景。
俺の思考は、一瞬であの日に引き摺り込まれた。
耳を塞ぎたくなるような残響に、ぐしゃっと顔を歪めた。