歪んだ月が愛しくて2
その残響が、俺をあの日へと無理矢理引き摺り込む。
モノクロの風景。
歪んだノイズ。
そして継ぎ接ぎだらけの記憶の波。
……思い出せなかった。今までは。
なのに、何でこんな時に…。
「お前のせいだ」と俺を責め立てる厳つい顔したあの男は、俺と2人の時だけは蕩けるような甘い笑みを浮かべてこう言う。
『―――お前のためだ』
気持ち悪いくらい優しい手付きに吐き気がする。
感覚が、ゆっくりと麻痺していく。
足元からどろりとした闇に飲まれる。
「あん?何だコイツ、急に黙っちまったぜ」
「ビビってんじゃねぇの?」
「うちの坊ちゃんをコケにしたって言うからどんな生意気なクソガキかと思えば、全然張り合いねぇじゃねぇか」
「ま、ヤクザ相手にビビんなかったら普通じゃねぇわな」
「てか、後ろのガキはどうします?コイツも一緒にヤっちゃいますか?」
「どっちでもいいけど、売れる?」
「面は悪くないんでイケると思いますよ。もしそっちでダメでも中身がありますから」
「寧ろ後ろのガキよりこっちの面の方が問題でしょう?どう見てもブサイクじゃないっすか」
「世の中ゲテモノ好きな変態もいるからね。顔面潰す勢いでリンチした後に皆で輪姦しちゃってよ。学園ものでよくあるでしょう、イジメからのレイプって」
「坊ちゃん鬼畜〜!」
「じゃあとりあえず後ろのは騒がれたら厄介なんで縛りやしょうか?」
「そうだね。お願い」
「へい」
男の手が白樺に伸びる。
「な、何っ!?」
「黙っとけ。大人しくしてれば悪いようにはしねぇよ」
そして男は手に持っていた銀色の手錠を白樺の手首に掛けようとした。
その瞬間。
「、」
「……え、」
白樺と、男が目を見開いた。
白樺の手首に掛けたはずの手錠が、俺の左手首に掛かっていたからだ。
左腕を思いっきり引けば、男は必然的に前のめりになり、男の顳顬に向けて右の拳を打ち込んだ。
骨を打つ音は生々しく、よろけた男の胴体に蹴りを捻じ込ませた。
続け様に別の男が「ガキのくせに調子乗んなよ!」と凄みながら攻撃を仕掛けて来たが、容赦無く男の髪を鷲掴みにして勢い良く頭突きを食らわせた。
渾身の力を振り絞ったつもりだが、騎馬戦で挫いた左足のせいで思うように力が入らない。
それだけでなく薬で齎された熱と怒りで沸き上がった熱が混じり合い、益々目眩が強くなる。
当然、番犬共は喚き散らす。
ぶっ殺す、とか。
犯してやる、とか。
「は、ははっ」
バカの一つ覚えみたいに。
まあ、バカだから仕方ないか。
「相手、してやるよ」
ふらつく身体とぼんやりする思考に鞭打って気丈に振舞う。
正直、立っているのもやっとの状態で相手を挑発するのは、愚策以外の何者でもない。
衣服が肌に擦れるだけで身体が熱くなるのに、今更ながらどうやってこの場を乗り切ろうかと思考を巡らす。
でもどんなに愚策であっても屈することは出来なかった。
ましてや相手が月なら尚更だ。絶対無理。
つーか、死んでもご免だね。
気に食わない奴は片っ端から消していく。
自分が危なくなれば守ってくれる人間がいる。
他人を傷付けて置いて、自分の命を懸けることも出来ない人間にひれ伏すつもりはない。