歪んだ月が愛しくて2
「お、お前っ、自分がどう言う状況なのか分かってんの!?今更泣いて謝っても許してやらないんだからね!」
案の定、月は村雨の後ろに隠れて焦ったように声を荒げた。
新歓の時の記憶でも蘇ったのか、キャンキャンと小型犬のように吠える姿にどうしても笑ってしまう。
「許す気なんて、端っからねぇから、そんなもん持って来てんだろうが」
「煩い!言っとくけど、脅しでも何でもないからな!僕がお前を傷付けても、犯しても、殺しても、僕の一声で何もかも揉み消すことだって出来るんだから!ヤクザナメんなよ!」
「お前の一声じゃなくて、パパの一声だろう。てか、お前がヤクザ語んなよ半端者が」
「っ、いい加減にしろよ!それ以上言ったら本気で刺すからな!」
ナイフの刃先が俺に近付く。
でもナイフを持つ月の手は面白いくらいに震えていた。
―――ドンッ。
不意に背中を押された。
その衝撃は軽いものだったが、四肢の感覚が麻痺しているせいで、足が言うことを聞いてくれなくて床に両手両膝を付いて倒れ込む。お陰で眼鏡まで吹っ飛んだ。
感覚が鋭くなっているせいで、ただ転んだだけなのに痛みも余計に強く感じる。
「な、で、僕が……何で…っ」
その声に振り返って、声の主を見上げた。
「し、らかば…」
泣きそうだった。
その大きな瞳に涙を一杯に溜めて、悔しそうに下唇を噛み締めていた。
「僕はっ、僕は何も悪くないのに!僕のせいじゃない!全部、全部君が悪いんだっ!」
顔面蒼白の白樺はまるで人が変わったように叫び出した。
この切迫した緊張感の中でよくここまで耐えられたものだ。
(でも、それももう限界か…)
絶望的状況下の中、俺は暢気にそんなことを考えていた。
「白樺さん」
頭上から聞こえた月の声。
途端、名前を呼ばれた白樺の表情が強張った。
「これで僕達は共犯者だね」
「、」
少しの余裕を取り戻したのか、月は傲慢に言い放った。
白樺は否定も肯定もせず、ただただ怯えた表情を崩すことなく、俺達に背を向けて逃げるように倉庫を飛び出した。
一度も、後ろを振り返ることなく。
「ふっ、……あはははっ!」
この状況に誰もが思ったはずだ。
ああ、やっぱり我が身が一番可愛いんだと。
俺だってそうだ。
白樺の行為を責めることなんて出来ない。
「あーあ、残念だったね白樺さんに逃げられちゃって。折角身を挺して庇ってあげたって言うのに、お前惨めだね。結局は皆自分が一番可愛くて、自分が助かるためなら他人のことなんて簡単に見捨てられるんだよ」
いや、責める気なんて更々ない。
寧ろ。
「あ、助けが来るなんて考えない方がいいよ。お前は白樺さんに見捨てられたんだから。それと…」
グイッと、髪を鷲掴みされ強制的に上を向かされる。
否が応でも視界に入ったのは、憎たらしいほど無邪気な笑顔と。
「お前、もうまともな人生送れないから」
キラリと光る、銀色の刃。