歪んだ月が愛しくて2



「兎も角、僕も立夏くんの態度は気になります。十分に注意して見て置かなければ…」

「ああ…」

「今日のことはお猿にも共有しとくぞ、お父さん」

「誰がお父さんだ」



俺の手を取り自らの意志で生徒会にいることを決めた立夏だが、あの日以来どこか危うさに似た不安を感じていた。
漸く手に入れたものが再び離れて行く恐怖。それがここに来て明確なものへと形を変えた。こんな感覚は生まれて初めてだった。
九澄の言う通り立夏の動向には十分な注意が必要だ。もし前触れなく渦中の人物と出会したら平静を装うことは出来ても内心冷静ではいられないだろう。ただでさえ突拍子もないことを仕出かす奴だ。警戒するに越したことはない。



「しかしまさかあの立夏くんが貴方の前でああも取り乱すとは思いませんでした」

「何が言いたい?」

「良い傾向だと思っただけですよ。立夏くんにとっても、貴方にとってもね」

「………」

「それに随分と彼の心を掴んだようですし。怪我した甲斐がありましたね。それとも餌を与えてくれる親鳥とでも勘違いしているのでしょうか」

「親だと?」

「何か不満でも?」

「俺はアイツの親になりたいわけじゃない」

「でしたら貴方は立夏くんの何になりたいんですか?」

「………」



何もかも見透かしたような憎たらしい顔でニコニコと微笑む九澄に軽く殺意が沸く。



「チッ」



何を言わせたいのか知らねぇが、誰が言ってやるか。



「ま、心を開いてくれたってことっしょ。良いことじゃん」

「そうですね。ただ彼の心の闇は僕が思っていた以上に深いようです」

「闇ね…」

「………」



何気なく口にした陽嗣の言葉に目を伏せる。
口にするのは簡単だ。ただ長年積み重なった辛く苦しい記憶は心に深い闇を根付かせて容易には消えてくれない。
陽嗣も、九澄も、そして未空の心にも根付いているように誰しもが背中合わせで戦っている。





『そう、上手く笑う練習』





寂しそうな、あの顔。
あれは笑顔なんて呼べる代物じゃない。下手クソ過ぎて見てられなかった。
アイツはいつからそんな風になったんだろうか。
きっと沢山考えて考えてやっと辿り着いた答えがそれだったんだ。
見当違いな答えでも、健気で滑稽な姿でも、他人の顔色を窺って寂しさを押し殺す様が容易に目に浮かぶ。





『それなのにいきなり俺だけが赤の他人だって言われて、凄く悲しくて…寂しくて…っ』





容赦なく自分自身を責め続ける。

その姿は何て愚かで愛おしいんだろう。



「立夏…」



お前も必死にもがいて戦ってるんだな。

自分自身の大きな闇と。



本当は向き合うのも怖いくせに、誰にも頼らず独りで…。



そんな立夏が色々な葛藤の中で俺に手を伸ばした。
簡単に出来ることじゃない。どれほど勇気がいることか…、同じ経験をしていない俺には想像の域を出ない。
ただその勇気を純粋に褒めてやりたかった。目前に迫る恐怖から逃げることなく立ち向かうことを選んだアイツの背中を「大丈夫だ」と言って支えてやりたかった。



「幻滅なんかしねぇよ」



どんなにみっともなく泣き喚こうが、どんな答えを導き出そうが。

この愛しい存在を手放せるわけがない。


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