歪んだ月が愛しくて2
僕には分からなかった。
復讐とか、お茶のすり替えとか、都合が悪いとか、藤岡が何を考えているのか全然分からない。
しかも変な薬が入ってるかもしれないお茶を躊躇うことなく飲んじゃうところとか、規格外過ぎて理解出来ない。
僕が勝手に名付けた“死に急ぎバカ”も強ち間違ってないじゃないか。
でも藤岡以上に分からないのは月さんだ。
藤岡が言うように、僕が藤岡を保健室に連れて来たのは月さんの助言があったから。
そしてお茶も、そのすり替えも、それが出来る人がいるとしたら僕が保健室を使うことを事前に知っていた月さんしかいない。
月さんは藤岡に何をしようとしているんだろうか。
まさか本当に復讐なんてこと……いや、そんなはずはない。
だって月さんは藤岡に“謝りたい”って言ってたんだ。
『あの時の自分はどうかしていた』
『藤岡さんに謝って友人になりたい』
だから、月さんの力になりたいと思った。
藤岡のことを誤解したままでいて欲しくないと思ったから。
それなのに…、
「アンタ、月のこと好き?」
「はぁ!?す、好きって、僕は別に…っ」
「そっちじゃねぇよ。俺が聞いてんのは人としてアイツのこと好きかって聞いてんの」
「そ、そりゃ、先輩だから好きだよ。誤解され易い人だから変に噂されることもあるけど、本当は面倒見が良くて優しい先輩なんだよ」
「……分かった」
藤岡は呆れたように納得した。
でも何が分かったのか僕には全然分からなくて、つい「何が分かったの?」と聞き返した。
「アンタがお人好しで、他人を信用し易い単純な奴だってことが」
「た、単純って…」
「一度信じたら最後まで信じ抜く、芯がブレねぇ奴だってこともな」
「ねぇ、それって褒めてんの?貶してんの?」
「どっちも。だから最初に言って置くけど、このまま奴の書いた筋書き通りに事が運べばアンタは月を好きでいられなくなる」
「、」
グッと、思わず息を飲んだ。
僕を見つめる藤岡のグレーの瞳があまりにも真っ直ぐで、おふざけなんて一切ない真剣な表情が少し怖かった。
どうして?
何でそんなこと断言出来る?
「だからアンタが選べ。このまま月のことを好きでいたいなら、アンタはこのままグラウンドに戻って何事もなかったように体育祭に参加すればいい」
疑問に思うことは沢山あった。
でも言えなかった。
「でも、アンタが本当のことを知りたいなら…」
何も、言えなかった。
「本当のことを知る勇気があるなら」
ただ藤岡の瞳を見つめ返すことしか出来なくて。
「俺と、来い」
思わず。
首を縦に振っていた。
「……い、く。僕は、本当のことが知りたい」
そう言うと先程まで強張った表情をしていた藤岡が満足げに口角を上げた。
不意に心臓が早鐘を打つ。
「アンタ、強いな」
僕は強くなんてない。
ただ、もう間違いたくないと思っただけ。
本当に強いのは、自分のことよりも他人を思いやれる君の方じゃないか。
「大丈夫」
差し出された右手。
一瞬も躊躇することはなく。
僕は吸い寄せられるように、彼の右手に自分の手を重ねた。
「何があっても、アンタのことは俺が守るから」
無意識に高鳴る鼓動と頰の熱に気付かないふりをして、僕達は互いに手を繋いだまま西棟に向かって足を進めた。
そして、僕は思い知ることになる。
自分の甘さと。
月さんの隠された冷酷非道な一面と。
藤岡の、本当の強さを。