歪んだ月が愛しくて2



「立夏!!」





その隙に尊は人目も憚らず一目散にリカに駆け寄った。
出遅れた俺も九ちゃんと白樺を引き連れて尊の後に続くが、尊の後ろで思わず足を止めてしまった。



パシッと。

尊の手を、リカが拒絶した。



尊の背中越しに見えたリカの姿は明らかに異様だった。
細い肩は小刻みに震えながら荒い息遣いを繰り返し、潤んだ瞳に全身から妙な色気を孕んでいた。
さっきまできちんと着ていた団服は引き裂かれたかのようにボロボロで、誰のものか分からない血液のせいで真っ赤に染まっていた。
これではリカの血液なのか、別の人間のものなのか区別出来ない。
でも少なくとも別の人間の血液が混ざっているのは確かだ。
見えるところしか確認出来ないが、リカの上半身は返り血を浴びているものの腹部や腕に大きな怪我は見られなかった。
服で隠れている部分に怪我をしていたら分からないけど、少なくともさっきまで恐極が持っていたナイフには血液は付いていなかったからあれで刺されたってことはないと思う。
つまり、リカの団服に付着している血液の殆どはここで倒れている男達のものってことになる。
それだけで張り詰めていた緊張の糸が少しだけ緩んだのが分かった。



でも、その糸が完全に緩むことはなかった。



初めて見た、リカのあの姿。



誰も近付けさせないオーラを纏う、冷たい獰猛な獣の目。

それは爛々と輝く真っ赤な血の色のように見えた。





「な、で…」





それが一転して、今のリカはとても悲しそうな顔をしている。





「来て欲しく、なかった、のに…っ」





綺麗な顔が、泣きそうに歪んだ。



懇願するような悲痛な声。



こんなリカを、俺は知らない。



胸が締め付けられるような想いで、リカに手を伸ばすことが出来なかった。





でも、尊だけは違った。





一度は拒絶されたリカに、尊は再び手を伸ばしてその細い肩を抱き締めた。

ビクッと、リカの肩が大きく揺れた。





「大丈夫だ」





尊はリカの耳元に唇を寄せて囁いた。
リカを落ち着かせるためのその言葉は、聞いたことがないくらい優しくて甘かった。
少しの沈黙の後、リカの身体がぐらりと傾くと、尊はまるで壊れ物を扱うかのような繊細な手付きでリカの身体を横抱きにした。
一瞬、リカは色っぽく眉を顰めたが、それ以上の抵抗を見せることなくすんなりと尊の腕の中に収まった。



尊の表情は見えない。

でもリカの纏うオーラが和らいだように感じた。


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