歪んだ月が愛しくて2



「頼稀、外周は?」

「今のところ獲物は掛かっていません」

「となると…」



尊がリカを連れて倉庫を出たのを確認した後、頼稀とアゲハが何やら話し込んでいた。
2人の声に耳を傾けながら、俺は気絶したまま拘束された恐極に近付き足元にあるナイフを拾い上げた。



「おい、お前」

「未空、何を…」



気絶した恐極の腹を躊躇なく蹴り上げると、口から汚い物を吐き出して目を覚した。



「おぇ、ぅ…っ」

「何寝てんだよ」



目を覚した後も、何度も何度も恐極の腹を蹴り続ける。



「っ、ぐ、ぅ」



虫けらのように、軽々と。



「なあ、お前さ、何してくれてんの?」



繰り返される行為。

まるで子供のような無邪気な行為。



「リカに…、俺の大切な人にさ」



くぐもった短い悲鳴。

次第に広がる、湿った嫌な音。

気付けば吐瀉物には血が混ざっていた。



「た、す…っ」



ニヤリと、無意識に口角が上がる。



「え?なーに?」



芋虫のように地面に這いつくばる恐極の肩を踏み付けて上半身に馬乗りする。



「お、ねがい!助けて…何でも、するから…っ」

「聞こえない」



グサッと、何の躊躇いもなく恐極の左肩にナイフを突き刺した。



「ぎ、ぎゃあぁぁあああああ!!」

「……煩ぇんだよ」



恐極の肩からナイフを引き抜くと、今度は悲鳴を上げることなく喉の奥で叫んだ。



ピシャッと、返り血が頰に飛ぶ。

それを拭うことなく、恐極の首元にナイフを押し当てた。



「痛い?」

「っ、あ、ぁ…」

「でも自業自得だよな。だってお前は俺の大切な人を傷付けたんだから」

「ち、が…っ」

「違うって言うなら、リカの手錠は何なんだよ?リカの学ランが引き裂かれてたのは何でだよ?何でリカがあんなに血塗れなんだよっ!」



ナイフを両手に持ち直して、見せつけるかのようにゆっくりと振り被る。



「―――っ」



そして恐極の喉元に振り下ろした。

でもナイフを恐極の喉に突き刺すことは出来なかった。



「……なーんで、邪魔するかな」



俺の身体は背後からヨージと九ちゃんに羽交い締めにされた。
強引に振り解きたくても、流石に2人掛かりで取り押さえられたらどうすることも出来ない。



「未空、やり過ぎです!」

「オメー何急にぶっ飛んでんだよ!」



やり過ぎ?

ぶっ飛んでる?



「ふはっ」



自嘲気味の乾いた笑みが漏れる。



ヨージも九ちゃんも何言ってんの?

だって恐極はリカを傷付けたんだよ。

こんなものまで持ち込んで、リカを殺そうとしたんだよ。



だったらさ。



「同じ目に合わせなきゃダメじゃん」



リカが受けた傷も、痛みも、屈辱も。



「っ、」

「み、く…」



そうでもしないと分かんねぇだろう。

理解出来ねぇんだろう。



何でテメー等があれだけのことをして退学程度で済んだのか。

何で俺達がそれ以上の制裁を与えなかったのか。



慈悲?



ふざけんな。

冗談じゃねぇよ。



全部リカのためだ。

リカが気にするから、リカが“自分のせい”だと自分を責めるから。



だから俺達は恐極個人の処罰だけに留めた。

家に対する処罰は保留。



それなのに恐極は何も分かっていなかった。



コイツ等はリカに生かされて、今ここにいる。



それをまるで分かっていない。



リカがいなければ、今頃この世にはいないと言うのに。


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