歪んだ月が愛しくて2
体育祭と後悔
立夏Side
気付けば、男達を見下ろしていた。
鼻に付く、嫌な臭い。
流れる、赤。
内に棲まう獰猛な獣が枷を食い千切る、感覚。
熱に魘された、熱い身体。
いつの間にか両手は真っ赤に染まっていた。
手錠で繋がれた左手には錘のような格子がぶら下がり、誰のものか分からない血溜まりの中を踏み締める。
頭の中で鳴り続ける警報音は未だ止むことを知らない。
噛み殺せ、と奴が言う。
寝起きの悪い獣が、狂った咆哮を上げて獲物を求めている。
枷を破られたのはあの日以来だ。
ただの喧嘩とは違う、生身の身体を嬲る感覚が蘇って来る。
「ば、けもの…っ」
……ああ、その目。
威嚇の瞳に混ざる、恐怖。
そして狩る側から狩られる側に変わる瞬間の絶望。
その全てが俺を恍惚とさせた。
自分が可笑しいことには大分前から気付いていた。
あの声が、あの目が、あの日が、俺を徐々に狂わせていく。
飲み込まれたら終わり。
底が見えない真っ暗な闇がすぐそこまで迫っていた。
触手のように纏わり付く“ソレ”から逃げるように、目の前の獲物を殴り続ける。
……嫌だ。いやだ。
もう、あんなところには戻りたくない。
いつもなら制御出来るはずの感情が、力が、薬のせいで抑えられない。
一気に流れ込む、感情、熱。
「ヒィ、た、助けてくれっ‼︎」
ああ、誰か。
「ば、ばけも…っ、ぎゃあ゛ああぁぁあああ‼︎」
誰でもいい、誰でもいいから。
「や、っやめ、ぐぐ、あがいぐうあぁああああああ!!」
誰か―――。
次の瞬間、ド派手な音と共に倉庫のドアが破壊された。
倉庫内に温かみのある光が差す。
「立夏!」
風が通り抜けたような声に、一瞬だけ体内を焼く感覚を忘れた気がした。
知っているはずの声。
でもそれは聞いたことがないくらい怒りに満ちていた。
しかし逆上せた頭でははっきりと認識することが出来ず、気怠い身体をゆっくりと動かした。
目が眩むほどの、光。
それは太陽のように温かくて、俺の内に流れ込むドス黒い感情を一掃させた。
焦がれていた、光。
……でも、来て欲しくなかった。
こんな姿、彼等には見られたくなかった。
この手を真っ赤に染めた自分は、光の中にいる彼等には相応しくない。