歪んだ月が愛しくて2



「っ、わ、か…」

「、」





男達は室内の異様な光景に足が竦んで動けなかった。
何故ならば部屋の真ん中で屍と化した女に覆い被さり、恍惚とした表情でラストスパートの如く激しく腰を振る血塗れの主人がいたからだ。
トレードマークのリーゼントは形を崩し、あの方が好きだった浅葱色の髪も返り血を浴びて所々赤に染まっている。
その手には彼愛用の拳銃が握られており、誰がどう見ても行為の最中に女を殺したのは明らかだった。





「っ、は、ぁ……何だ、テメー等いたのかよ」





そんな男達を嘲笑うように、若―――八重樫晋助は女の膣から性器を引き抜き「邪魔くせぇ」と言って死体を蹴飛ばし、何事もなかったように衣服を整え始めた。





「……松田ぁ、いつまでも突っ立ってねぇで上着持って来いや」

「っ、た、只今!」





スキンヘッド男こと松田は晋助の言葉で我に返り、畳の上に散らばる衣服を拾い上げた。
シャツや上着は誰のものか分からない返り血で赤黒く染まっていたため、松田は自分のスーツの上着を脱いで晋助の肩に掛けた。





「テメーの生臭ぇもん押し付けんじゃねぇよ。ちゃんとマスかいて手洗ったかぁ?」

「あ、洗ってますっ、よ…」





その時、松田は気付いた。
晋助の身体にいくつもの刀で斬られた傷があることを。



返り血ではない。


これは晋助本人の血だ。



一番酷い左肩の傷は未だ血が止まっておらず、滴る血で畳を汚していた。





「……対象は?」

「ハハァ!?見て分かんねぇのかよヴァァアアアカァ!!いねぇからこんな売女でも仕方なくレイプしてやったんだろうがよ!!」

「してやった、ね…」





しかし晋助本人は左肩の傷に気付いていないのか、興奮冷めやらぬ様子で甲高い罵声を上げる。
いや、寧ろいつも以上に饒舌かもしれない。
狂ったような罵声も、嗤ってるくせに目の奥が冷え切っていることも、彼が纏う禍々しい殺気も、その全てが彼の常ならぬ激情を顕しているようだった。





“キレたら手の付けられない獣”


“キチガイ”


“クレイジー”


“白羊の異端児”





そう噂され、いつしか裏社会に君臨する二大巨頭の一角として注目を集める存在となっていた。





「こうでもしねぇとチンカス共には理解出来ねぇだろうよ!テメー等が仕出かした事の重大性って奴がなぁ!」





弱冠18歳の若さで二次団体の若頭に襲名した、この男。

薄汚れた裏社会で、地位と財産と権力を手中に収めた実力者。



しかし晋助にはそんなものよりも大切なものがあった。



誰よりも、何よりもかけがえのない、己の中で唯一無二の存在。



それを傷付けられ、野草のように汚い足で踏み躙られて、この男が黙っているはずがなかった。



死者を侮辱する行為を平然とやって退ける、異常性。



冷酷で、残虐で、その身に隠せないほどの狂気を纏う。





それほどまでに、晋助は怒り狂っていた。


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