歪んだ月が愛しくて2
「勿論、理由はございます」
「……覇王と接触させないため?」
「今は彼等と距離を置くべきだと思いましたので」
「………」
確かに哀さんの言う通り、今は覇王と距離を置いた方がいいのかもしれない。
穿り返されたくない過去と、俺の正体を隠すためにも。
それに…。
『これだけは誰にも譲るつもりはねぇよ』
ゴンッ
「り、立夏様…?」
「……何でもないです」
忘れていたのに。
なかったことにしたかったのに。
それはまるで呪いのように、瞼の裏に焼き付いて消えてくれない。
熱に魘されて記憶がないってオチならまだいいものを、これがバッチリ覚えているから困るんだ。
縋るべきではなかった。
縋るべき相手を間違えた。
あれから何度も何度も後悔した。
それなのに忘れたくても、忘れられない。
みっともなく喘ぎ乱れる自分を、あの昏い瞳が真っ直ぐに見つめていた。
頭の中まで見透かすような、恐ろしく澄んだあの目で。
『…、立夏…っ』
「っ、」
唐突に、切なげに、眉を顰めながら掠れた声で自分の名前を呼ぶ会長の声が蘇り、一気に熱が全身を駆け巡る。
「立夏様、お気を確かに」
ゴンゴンと、一心不乱にテーブルに頭を打ち付ける俺を見た哀さんは憐れむような視線と共に俺の背中を摩ってくれた。
でも今の俺に必要なのは同情でも同調でもない。
一刻も早く忘れること。
それには時間が必要なんだと思う。
だから哀さんはあえてあのタイミングで俺を連れ出し、態と俺のスマートフォンを学園内に残して覇王に俺の居場所を特定されないようにした。
そうすることで覇王の注意をあの場にいた俺から逸らすために…。
自分で言うのも何だが、あの場にいた俺は明らかに“異様”で“異物”だった。
追及されるのは目に見えている。
そうならないためには、今はあくまで“被害者”を演じなくてはならない。
まだ、皆の傍にいたいなら…。
「……哀さん、俺もう少しここにいてもいい?」
「勿論でございます。立夏様が納得されるまでこちらに滞在下さい」
「ありがと…」
全ては時間が解決してくれる。
そう信じていた。
少なくとも、この時まで。
「おっじゃましまーす………って、あれ?お取り込み中だった感じ?」
しかし突如俺達の前に現れた白衣の天使もとい白衣の不審者の登場をきっかけに、自分の発言をあっさりと撤回することになるとは、この時の俺はまだ知らなかった。