歪んだ月が愛しくて2



「―――こりゃ凄い。完全に傷口塞がってるよ」

「元々大した怪我じゃなかったんで」

「顔の傷だけじゃないよ。左手首の怪我が一番酷いって聞いてたけどそこも綺麗に治ってる。君の治癒力って半端ないね」

「そりゃどうも」



自らを忍足(おしたり)と名乗った白衣の不審者は、ボサボサの黒髪に無精髭で、医者のくせに清潔感を微塵も感じさせない男だった。
見た目がこんなだから年齢不詳だが、口調からは二十代後半から三十代後半と予想出来る。
しかも白衣の下には縁起の悪い髑髏のマークに「I’II kill you」とプリントされたセンスの欠片もないTシャツを着ていた。



でも、それ以上に気になるのは、眼孔に広がる汚れなきあの色。



目の前でチラつく、白。



不快感が拭えない。



「じゃあ次は上半身を見せてくれる?」

「上?別に怪我してませんけど」

「怪我じゃなくて心臓の音を聞かせて欲しいんだよ」

「………」



指示通りに上に着ていたTシャツを脱ぐと、ピタッと聴診器が胸に当てられた。

その冷たさに思わず肩が跳ねる。



「……うん、心臓の音も問題ないね。大量の催淫剤を服用したって聞いてたから心配だったけど、この分だと副作用の心配はなさそうだね」



そう言えば村雨も副作用はないとか何とか言ってたっけ。

まあ、今となってはどうでもいいけど。



「上、もう着ていいですか?」

「いいよ。ああ、でも怪我してないってのは嘘だね。今は殆ど塞がってるけど、刃物で切り付けられた痕が結構あるよ。これについては事前に連絡なかったんだけど、もしかして隠してた?」

「忘れてたんですよ。刃物で切り付けられたって言っても刺されたわけじゃなくて振り回してたのが少し掠った程度だったんで。そんなの一々気にしてたらキリがないんですよ」

「へぇ…。まあ、今回に関しては処置が適切にされてたから感染症の心配はなさそうだけど」

「処置…」

「あれ、自分で手当てしたんじゃないの?」

「あー…まあ、そうです…」

「それにしてもどう言う状況で催淫剤なんか飲んじゃったわけ?プレイにしても限度ってものが…「違います」



何がプレイだ、ふざけんな。

人を変態扱いしてんじゃねぇよ。



「あ、キスマーク」

「なっ!?」



その言葉に思わず反応した俺は、咄嗟に忍足先生が指摘する箇所を手で押さえてしまった。



「―――に見えたけど、なーんだ俺の勘違いだったみたい。ごめんね」



……コイツ、コロス。



「忍足先生、立夏様に失礼なことを仰らないで下さい。立夏様が自らそれを飲まれたのはそうせざるを得ない状況だったからです。決してプレイではございません」

「プレイでもプレイじゃなくても俺的にはどっちでもいいんだけどさ、一応主治医としては“そうせざるを得ない状況”って奴を把握して置きたいんだよね」

「主治医?貴方が?」

「これから宜しくね、立夏くん」

「………無理」



てか、嫌過ぎる。

この人が主治医とか何の冗談だよ。

ドッキリとかいらないから。



そもそも俺に主治医なんてものは必要ない。
いくら怪我したところで俺の治癒力半端ないからすぐ治るし、それ以前に大きな怪我をすることなんて滅多にない。
今回だって哀さんに見つからなければ医者に診てもらうことなんてなかったんだから。



「あれ、もしかして俺のこと嫌い?俺何かしたっけ?」

「……好き嫌いの問題じゃありません。ただ俺には必要ない人種ってだけです」

「でも立夏くんってしょっちゅう喧嘩する子なんでしょう?哀ちゃんから聞いてるよ。だったら俺って超必要じゃん。寧ろ必需品みたいな?」

「しょっちゅう喧嘩して怪我したとしてもすぐ治るんですよ、俺の治癒力半端ないんで」

「あ、もしかして根に持ってた?ごめんごめん、俺としては褒め言葉だったんだけどな」



どこがだ。


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