歪んだ月が愛しくて2



忍足先生は悪くない。
ましてや俺のことを心配して態々医者を呼んでくれた文月さんと哀さんのせいでもない。
ただ俺がいつまでもあの日のことを引き摺っているから…。





『…ごめん、シロ……』





“鬼”が動き出したことも要因の一つだろう。
あの日、キョウと接触することは出来なかったが、“鬼”との接触は俺を揺さぶるのに十分な刺激となった。
久しぶりに奴の息遣いを近くで感じた。
「自我」と言う名の鎖を食い千切って暴れ出す寸前だった。
文月さんが怒るのも無理はない。
文月さんの言う通り、俺は“鬼”が関わると周りが見えなくなる……と言うより、公平が絡むと冷静でいられないらしい。
あの色に過剰に反応するのはきっとそのせいだ。



あの日以来、頼稀達と“鬼”のことについて特に話し合っていないが、頼稀から何も言って来ないことを踏まえると“鬼”が動くまでは様子見ってところだろう。
遅かれ早かれ、白夜叉が“B2”と行動を共にしていたことは病院送りにした仲間から漏れるだろうし、野次馬共が好き勝手に色んな噂を流すのは目に見えている。
しかし“B2”のシマで暴れた負い目がある“鬼”が“B2”に奇襲を掛けるとは考え難い。
それに頼稀とアゲハの言葉を信じるなら、下っ端がやられたくらいで“鬼”全体が動くとは思えない。
いくら幹部であるキョウでも単身で敵陣に乗り込むようなバカではないと思うし、ましてや相手が“B2”なら尚のことだろう。
ただ気掛かりなのは、“B2”の幹部と公言している頼稀に聖学にいるバカな“鬼”が接触して来たら…、と言うことだけだった。
理由は定かじゃないにしろ、白夜叉と頼稀が一緒にいたとなれば“鬼”は間違いなく頼稀をマークし、そこから俺に辿り着こうとするはずだ。
頼稀がそんなヘマをするとは思えないが、用心するにことしたことはない。
もし万が一、“鬼”が“B2”を標的にした時は…―――。



「……ん?」



ふと視線を上げると、こちらに向かって歩いて来る1人の男性が見えた。
その男性は白色の帽子を深く被っていたため顔こそ見えなかったが、黒色の和服姿に杖をついていた感じから男性であることは間違いないだろう。



こんな足場の悪いところに1人で?



目の前から歩いて来る村人Aの存在に内心落ち着かない。
近くに飛鳥院さんの別荘があるくらいだから人が歩いていても可笑しくはないが、それにしても雑音が少ない気がする。



まるで、ここには俺達以外誰もいないような…。



「、」



そんなことを考えていたせいか、足元の石に躓いてバランスを崩した。



嘘だろう、おいっ!

これって湖にドボンってパターンじゃん!



そう言えば前にもこんなことがあった。
あれは新歓のオニごっこの時、会長から逃げてる途中で足元の何かに躓いて池に落ちそうになったんだっけ…、と当時の光景が走馬灯のように蘇って来る一方、ギュッと目を瞑って全身ずぶ濡れになる覚悟をした。















………あれ?



冷たく、ない。

寧ろ温かい。



何故?



「大丈夫か?」



その声にゆっくりと目を開くと、最初に目に飛び込んで来たのは俺を抱き締める逞しい腕だった。



そして次の瞬間、俺は視線を上げて言葉を失くした。



「あ、りがと、ございま…、」



そこにいたのは、かつての俺を知る人物だった。



「まも、ちゃん…?」

「久しぶりじゃの、リリー」


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