歪んだ月が愛しくて2
「まも、ちゃん…」
そう呼ぶと、彼は帽子を取って嬉しそうに頬を綻ばせた。
「暫く見ん間に大きくなったのリリー。また会えて爺は嬉しいぞ」
彼の名は、まもちゃん。
清潔感のあるアッシュグレーの短髪をビシッと決めた和服と口髭が似合うダンディなご老人だ。
本名や素性は知らないが、こう見えても60は超えてるイケオジで俺より年上の孫がいるらしい。
「お、俺もっ、またまもちゃんに会えて嬉しいよ!」
そう言うとまもちゃんは骨が軋むほどの強い力で抱き締めてくれた。
「まもちゃん、痛いって」
「……本当に、大きくなったの」
ゆっくりと離れる身体。
ポンポンと、まもちゃんの大きな手が俺の頭を優しく撫でる。
「当たり前だよ。俺今年で16だよ。少しは成長したでしょう?」
「ああ、昔は目に入れても痛くないほど可愛かったが、少し会わない間にこんなに綺麗になりおって…。身長も少し伸びたんじゃないか?」
「少しじゃないよ!スゲー伸びたんだから!ほら!」
「わっはははっ!分かっとるよ。リリーがあまりにも可愛いから少し揶揄っただけじゃ」
「………まもちゃん嫌い」
「それは老い先短い爺に死ねと言っとるのか?リリーに嫌われたらもう儂は生きてる意味が…」
「嘘!もう冗談だから死ぬとか簡単に言わないでよ!縁起でもない!」
「じゃあ儂のこと好きか?それとも…」
「好きだよ好き!だからもっと長生きしてよね!」
その言葉に満足したまもちゃんは分かり易く嬉々とした表情を見せ「リリーが結婚するまでは死ねんよ」と言って俺の頭をわしゃわしゃと撫で回した。
結婚って何十年後の話してんだか。
そもそも出来るかも分からないのに適当だな。
「そんなことより、何でまもちゃんがこんなところにいるの?いつもの御付きの人達は?」
「撒いた」
「いや、そんな胸張って言われても褒めないからね…」
まもちゃんはどっかの会社の偉い人みたいで、昔から部下の人とか御付きの人を撒くのが趣味な性悪でもあった。
俺にとっては優しい人だから特に害はなかったけど、周りの人からしたら扱い難いジジイだと思われてることだろう。
まもちゃんの脱走癖にはひーくんも手を焼いていたし。
「ははっ、冗談じゃよ。近くにうちの別荘があっての。仕事も引退して暇を持て余してたから久しぶりに遊びに来たんじゃよ」
「引退?まもちゃんってもう仕事してないの?」
「ああ、今は隠居生活を楽しんどるよ。そう言うリリーこそこんなところで何をしてたんじゃ?」
「そ、れは……、散歩かな」
「学校はどうしたんじゃ?」
「学校は…、休みなんだよ」
「ふむ、創立記念日ってやつか」
「そ、そう!それそれ!創立記念日!」
この流れで学校をサボったとは言い辛いな。
まもちゃんのことだから本当のことを話せば「儂の可愛いリリーを泣かしたのはどこのうつけ者じゃ!血祭りに上げてくれる!」とか言って怒り狂いそうだし、下手したら学校に乗り込むとか言い出しかねない。いつもまもちゃんを止めてくれるひーくんもレンちゃんもいないからここは創立記念日で突き通すしかないな、うん。
てか、聖学の創立記念日っていつだよ?
聞いたことないんだけど。
「ならば丁度良い。暇を持て余してる爺にちょいとばかし付き合ってくれんかの?」
「え…?」