歪んだ月が愛しくて2
黒服の運転手が後部座席のドアを開けてまもちゃんに続いて外に出る。
「着いたぞ」
「ここが、まもちゃんの別荘…?」
湖から離れて車で移動すること約30分。
まもちゃんに連れて来られたのは、丘の上に聳え立つこれまた大層立派なお屋敷だった。
「ふむ、ちと手狭だが辛抱してくれ」
どこがだよ。
飛鳥院さんの別荘とは訳が違う。
飛鳥院さんの別荘は外観も内装も木目調のデザインを基調としていたため俺の知っている「別荘」のギリ枠内だったが、まもちゃんの別荘は鉄筋コンクリート造りの地上2階建てで、煉瓦や石材を使った外壁、アーチ型の窓、鉄格子のような門扉から正面玄関に続くロータリーには大きな噴水と色鮮やかな植物が見事に咲き誇っていた。
これは俺の知っている「別荘」じゃない。洋館だ。
まもちゃんの家がバカみたいにだたっ広いお城みたいなお屋敷だったのは覚えてるが、これはこれで別荘の概念を超えている。
規格外過ぎて湖の感動が遠退いていく。
(まもちゃんって何者?)
子供の頃は一切感じなかった疑問が徐々に膨れ上がる。
「そうだ、昨日得意先から美味いケーキをもらったんじゃが一緒に食わんか?流石に爺1人で消費するのはキツいんでな」
「食べたい。まもちゃんと食べるケーキっていつも外れないから美味しいんだよね」
「そりゃ外せんよ、リリーの喜ぶ顔が見たいからの」
「何それ?笑顔ってこと?そんなのいつでも見れるじゃん」
「そうだといいんじゃがな…」
「え?」
するとまもちゃんは悲しそうに笑みを深めた。
久しぶりに見る表情に俺は何も言えなくなって、まもちゃんに手を引かれるがまま足を進めた。
「お帰りなさいませ、大旦那様、立夏様」
運転手が屋敷の扉を開けると、そこには燕尾服を身に纏う老紳士を筆頭に数人の使用人が出迎えてくれた。
………ん?
立夏、様?
「え、何で俺のこと…」
「何じゃリリー、田中のことを覚えてないのか?」
「田中、さん………って、あの田中さん!?」
「お久しぶりでございます、立夏様」
使用人達の筆頭に立つ白髪オールバックに口髭姿の田中さんは、まもちゃんの屋敷で働いていた執事さんだ。
まもちゃんの親戚でもない赤の他人の俺なんかに敬語を使ったり、小さい頃よくまもちゃんと一緒に遊んでくれたのを覚えている。
まさかこんなところでまた会えるとは思わず、嬉しい誤算に自然と口角が上がる。
「お久しぶりです田中さん。お元気でしたか?」
「はい。立夏様もお元気そうで何よりです」
「まあ、昔から元気だけが取り柄ですから」
「ご謙遜を」
いやいや、本当だから。
寧ろそれ以外に取り柄があるなら教えて欲しいくらいだわ。
「それより何で田中さんがここにいるんですか?田中さんはあのでっかい城の執事さんでしょう?」
「ふふ、でっかい城ですか。初めて本邸にいらした時も立夏様はそう言って目を輝かせていらっしゃいましたね」
「そりゃ、まあ…」
あんなバカでかい城見せられたら、子供なら誰だって興奮するでしょう。
ああ、思い出しただけでも恥ずかしい。
「田中は儂の専属執事じゃからの。儂の行く先々に連れて来とるんじゃよ」
「そうだったんだ」
通りでいつも一緒にいると思った。
「大変だね、田中さん」
「痛み入れます」
まもちゃんの専属執事とか絶対大変そうじゃん。
何せこの人脱走魔だし。
俺なら絶対やりたくないね。
「田中、中庭にアフタヌーンティーの準備を」
「畏まりました」
「さあリリー、儂が中庭までエスコートしよう」
「……まもちゃん、俺男なんだけど」
「何を言う。確かにリリーは男子じゃが、儂にとっては目に入れても痛くない可愛い可愛い可愛い可愛いかわい…「ああ!もう分かったから早く行こう!」
そう言って俺はまもちゃんの腕を乱暴に掴んで田中さんに続いて歩き出した。
そんな俺とまもちゃんのやり取りを見ていた田中さん以外の使用人達が顔面蒼白だったとは露知らずに。
「お、大旦那様にあんな口聞くなんて、怖いもの知らずな…」
「あのお客様は一体何者なの!?」
「知らないのか?大旦那様達が寵愛する“リリー”様と言ったら…―――」